目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第10話

 袁紹は田豊の進言を最初こそ真剣に聞いていたが、後半になるにつれ渋い顔つきに変わっていった。


「なぜ皆の士気を削ぐことばかり言うのか。もうよい。誰か、田豊を獄に繋いでおけ」


 袁紹の命令に近衛兵が動く。田豊は悪態をつくこともせず、おとなしく連行されていった。


「曹操の策などたかが知れておる。劉備よ、早々に出立するのだ」


 迷っていたと思ったら、急に強気な断定をするのも袁紹の癖であった。


 劉備は自陣に戻ると、出陣の命を下した。


「関羽らしき男が曹操軍にいたらしいが……」


 劉備は傍らに立つ張飛に語りかけた。


「まさか。兄者が曹操に降るとはとても思えん」


「確かに。だがそれを確認するだけでも出陣の意味はあろう。戦うのは文醜に任せておけばよい」


 と、先を急ぐ文醜の軍団を眺めていた。


「それにこの戦、袁紹は勝てぬ。早々に見切りをつけ脱出の糸口を見つけるとしよう」


「勝てぬ?兵、兵糧ともに袁紹が圧倒しているが」


「物量が多ければ勝てるというものではあるまい。田豊と沮授は仕える主を誤った」


 劉備は袁紹のいる幕を振り向き嘆いた。


「劉備様進軍準備整いました。文醜将軍はすでに渡河開始しております」


「わかった。進軍開始だ」





 曹操らは袁紹兵の物見の言っていた通り、白馬の物資全てを西へ運んでいた。


 荀攸の進言によるものである。実際の所、兵糧も矢も袁紹軍に比べるとはるかに少ない。


「荀攸よ、誰が釣れると思っておる」


 曹操が微笑みながら荀攸に尋ねる。


 物資の輸送中で、袁紹軍が近いのにゆっくりと進軍しているのは荀攸の案である。


「猪の文醜あたりではないでしょうか」


「文醜か。華北軍一の勇猛さでその兵は精強と伝え聞くが」


「文醜如き一戦にて破れます。兵も華北の蛮族から見れば、武装も整い、訓練された強兵でしょうな。」


 などと談笑しながら西へと進んでいた。


「曹操様、文醜軍が渡河しています」


 曹操はにやりと荀攸を見た。


「文醜……殿はこの男欲しいですかな?」


 荀攸が冷たく言い放つ。


「いらん。呂布や関羽ほどの武を有するならば別だが」


「では遠慮なく討ち取ります」


 荀攸はいかにも文醜から逃げるように、進軍を急いだ。


 渡河した文醜軍は後続の劉備軍を待たず、追撃し始めた。


「曹操軍が逃げる速度を速めました。また軍旗から曹操本人が率いている様子」


「なに?曹操が?……皆の者、曹操を討ち取ればこの戦は終わりだ。絶対に逃がすな」


 文醜の号令に騎馬隊が怒涛の勢いで猛追しだす。劉備が渡河を終える頃には文醜軍の後塵が見えるのみであった。


「やはり猪武者よ。張飛、関羽を見失うわけには行かぬ。我らも続くぞ」


 劉備と張飛が先頭に立ち、軍を牽引し進軍を開始した。




「文醜将軍、曹操軍が見えてきました」


 逃げる曹操軍は兵糧などを運んでいるため、身軽な文醜軍に追いつかれてしまった。


「さあ荀攸、どんな手を打つ?」


 曹操は馬を走らせながら横を駆ける荀攸を見やる。


「全軍に告ぐ。延津まで駆けに駆けよ」


 荀攸の指示はとにかく逃げろということであった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?