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第5話

 信長らが北海城で松永と対峙していた頃。


 袁紹陣営。


「曹操など儂がひと揉みにし討ち取ってくれよう」


 袁紹麾下の猛将、文醜ぶんしゅうが息巻いている。


「さすがは文醜。心強い言葉よ」


 袁紹が満面の笑みで讃える。


「いやいや、文醜よ。先陣は儂に譲ってもらうぞ。殿、儂が皇帝の身柄を保護して参りますぞ」


 顔良がんりょうは文醜に対抗するように、袁紹に訴え出た。


「これまた頼もしい」


 袁紹はすでに戦勝気分でいた。客観的に見て、兵力も物資も袁紹側が圧倒している。


 また広く賢を求め、幕下には名家の武将たちがずらりと並んでいた。


 北方の異民族である烏丸族うがんぞくとも同盟を組み、後顧の憂いもない。


「のう、劉備殿。我が配下は頼もしかろう?」


 袁紹が自慢気に劉備に話す。


「さすがは天下に名高い袁紹殿の幕下ですな」


 劉備はうんざりしながらも袁紹を持ち上げる。自身と部下を守るためならば、これしき我慢もできる。


「さて、劉備殿。此度の戦の先陣は顔良と文醜どちらがよいかの?」


 袁紹はでっぷりとした体を持て余すように腰掛け、顎髭をしごきながら劉備に尋ねた。


「ここは顔良殿でございましょうか」


 劉備は少し間をおいて答えた。


 文醜の顔が真っ赤に染まり、劉備を睨むと怒涛の如き勢いで怒鳴った。


「劉備、儂では役不足と申すか」


「いえいえ。文醜殿の武勇は顔良殿と双璧を為す袁家の宝。しかし、階級が上の顔良殿が望まれているのならば譲るのが良いのではないでしょうか」


 劉備は慌てふためいた様子を見せながらも、文醜を諫めた。


「う、うむ」


 文醜が引き下がると、その様子を見ていた袁紹が号令を降した。


「よし。先陣の大将は顔良じゃ。副将に淳于瓊じゅんうけい、参謀は郭図かくと。白馬を陥れてまいれ。我ら本隊は黎陽れいように向かい渡河する」


「お待ちください」


 袁紹の軍師団の一人である沮授そじゅが声を発した。


「何か?」


 袁紹は突如、無愛想な顔つきとなり、沮授の方を振り向いた。


「顔良殿の武勇は万民が認めるところでございます。しかし、軍を束ね率いる器ではございません」


 沮授の諫言に袁紹も顔良も顔色を変える。


「黙れ。貴様は此度の親征に際して士気を落とすことばかり呟きおる」


 袁紹の言葉に同調して、幕下の将たちからも非難が起こる。


「沮授殿の言、もっともなり」


ただ一人田豊でんほうだけが沮授の肩を持った。


 高齢の学者といった風貌で、髪は白く、手には杖を持っていた。沮授と並ぶ袁紹軍の知嚢である。



「今は戦機ではない。守りを固め、持久戦に持ち込むべきじゃ」


 だがこの田豊の言葉が開戦派に火をつけた。


 逢紀ほうき審配しんぱい、郭図ら謀臣と顔良、文醜が反論する。


 場は一気に騒然となり、袁紹に決断が求められることになった。


 普段は決断力に欠ける袁紹だが、今回は違った。郭図や逢起が散々讒言しているため、沮授と田豊には信頼がなかったのだ。


「先に宣言した通りだ。顔良、白馬を攻めよ」


 この決定に沮授と田豊は肩を落とす。


 顔良は喜び勇み、郭図を引き連れ軍の選抜に当たり、進軍を開始した。


 そして袁紹は本隊を進め、黎陽に陣取る。


「さて曹操。雌雄を決しようではないか」


 誰もいない川縁に立ち、袁紹は高笑いをした。


 この黄河を渡れば、目指すべき献帝はすぐそこ。献帝を擁した時、天下は袁紹の手中に治まる。


 そう信じて疑わなかった。

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