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第2話

 趙雲を中心に前後を信忠の兵が守る、縦列進軍の態勢で暗闇の奥へと行軍する。


 この期に及んで罠があるとは思えないが、念のためにと兵らが提案したのだ。


 しばらく手探りで歩くと、薄明かりの射す地下室らしき場所へと到達した。


 目を凝らすと奥に扉があり、扉から地上へと伸びる塔のような建造物がある。


 もともとあった地下室を改造したのだろう。塔や扉は外壁よりも比較的新しい。


 数人の兵が異臭に気づいた。


「趙雲殿、火薬や油の臭いがします。松永はこれらを活用するのがうまい。お気をつけを」


 趙雲の前を歩く兵が囁くような小声で話した。


 ほんのわずかな音さえこだまする静寂の中を、足音を立てずに歩いていく。


 扉の前に皆集まると、一人の兵がゆっくりと扉を開けた。


 その時、乾いた雷音が響き、扉を開けた兵が倒れる。他の兵は扉から離れ、または趙雲の盾となるべく立ちふさがった。


 そして嗄れた声が響き渡る。


「儂の最期の邪魔をするとは、無粋なやつらよ。信長の手の者か?」


「この声は……松永久秀か!」


 趙雲の怒声が地下室いっぱいに響いた。


 憎き松永久秀。姿は見えずとも声で判断できる。


 趙雲は斬りかかりたい気持ちを抑えつつ、久秀に語りかけた。


「久秀。もう観念するがよい。逃げ場はない。大人しく降れ」


「ふふ、儂の持つ武器が怖くて隠れているやつに言われても説得力がないわ」


「趙雲殿、あれは火縄銃という火器です。挑発に乗らぬよう」


 久秀の言葉に兵が反応し、趙雲に呼びかけた。


「ほう、火縄を知るか。信忠の部下もいるようじゃな」


 久秀の声色、態度は追い詰められているそれとは違い、余裕が感じ取れる。


「ならば都合がよい。趙雲よ。儂を目の敵にしているようだが?」


「当然だ。貴様の戦いは義に反する。無駄に命を散らした民衆や兵のために討つ」


 趙雲の返答に久秀は鼻で笑った。


「戦争じゃよ。勝てば生き、負ければ死ぬ。なんの不条理もあるまい。それに……」


 久秀は一旦言葉を止め、大きく息を吸い込む。


「おぬしが世話になっている織田信長。やつは儂以上に残虐な行為を繰り返しておった。それを知っての非難であろうなぁ?」


「何だと?」


 趙雲はたまらず怒鳴り、久秀を正面に見据える位置に立った。


「信じられん、といった顔つきよのう。まあよい、せっかく信忠の配下がおるのじゃ。聞いてみるがよい」


 趙雲は左右の兵の顔を見渡す。だが兵たちは何も答えられずうつむいていた。


 久秀はその様子を見て厭らしく笑い、


「どうじゃ?そやつらの態度が儂の言い分の正しさを表しておろう」


と、言った。


「確かにあの門徒らに罪はないかもしれない。だが、教義を盾に武装蜂起し、乱を起こす者らを放置しておくわけにはいかぬ」


 趙雲の左に立つ兵が反論した。


「ふん、それは武家の発想よ。支配を望まぬ民もおろう」


「信長様は宗教を弾圧し、支配しようとしたわけではない」


「そうじゃな。事情を知る者ならば理解できるであろうが、知らぬ者が比叡山焼き討ちを聞いたらどう思うかのう」


 久秀は兵の反論を論破していく。


「どうかな、趙雲。信長は長島ながしまにて数万の民衆を虐殺し、民の寄りどころである宗教の本山を焼き、僧や女子供残さず殺したのじゃ」


 趙雲は狼狽した。だが久秀の話すことが事実だとしても、本当の事情は聞かねばわからないし、それより今は久秀を仕留めるのが先決だ。

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