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第1話

「信長様、西から逃れてきた袁紹軍が北海城へ入りました」


「東からは松永軍と思われる軍が北海へ進軍中です」


「信長様、曹操殿より援軍要請が」


 信長は床机に腰かけ、腕を組み、目を閉じたまま報告を聞いていた。


「信長様?」


 眠っているのではないかと近習の兵が信長に声をかけた。


「機は熟した。西の道三、臧覇軍は二手に別れ、北と西から包囲を。東の信忠は軍を動かし、圧力をかけつつ包囲。本隊はこのまま進軍し南から包囲。合図とともに包囲を縮め殲滅する。竹中隊はそのまま曹操からの援軍の先鋒とする」


 信長は静かに目を見開き、全部隊への指示を出した。早馬はすぐさま方々へ散らばり、近習の兵は本隊進軍の指示を各部隊に報告すべく動きだした。


「信長様、行方知れずとなった雷薄殿が帰還されました」


「雷薄だと?信忠の報告では松永軍と遭遇し敗れたのであったな?」


「はっ」


 報告を終え、頭を上げた近習の兵が信長の声に違和感を感じ、顔を覗き込むと、一気に血の気が引いた。


 今の信長の顔つき目つきを、近習は一度だけ見たことがある。


 それは荒木村重あらきむらしげが信長に叛旗を翻した際に、村重の妻子を処罰した時の憤怒の表情である。


「……雷薄を呼べ」


 信長は小さな声で近習に命じた。


 呼ばれた雷薄は、敗北逃走したにも関わらず、反省する所がないのか、しょうがないと割り切ってるのか悠然と信長の幕に現れた。


「いやぁ、まさか伏兵が隠れておるとは思いもしませんでしたわ」


へらへらと笑いながら雷薄が話だした。


「……陳蘭はどうした?」


「さあ。奴とは離ればなれに」


「そうか。だがよくも平然と戻ってこれたものよ」


 信長の冷たい声の響きに、雷薄はようやく信長の怒りを知る。


「い、いや、お待ちを」


「勝敗は兵家の常よ、致し方ない。だが怠慢や独断による敗北までは許すことができぬ。しかも反省の色が見えず、おめおめとこの信長の下へ戻ってくるとは。使えぬ奴よ。斬り捨てよ」


 雷薄の後方に控える兵が抜刀した。


 雷薄は無様にも両手両膝を地につき、土下座の形でひたすら命乞いをしている。


「ふん。恥も外聞もないのか」


 信長が見下し言い放った。


「刎ねよ」


 信長が短く告げる。即座に兵が刀を薙ぎ、雷薄の首が宙を舞った。


 鮮血が飛び上がり、信長の幕を赤く染めた。


「晒せ」


 信長は冷たく吐き捨てた。


 近習の兵は雷薄の遺体をすぐさま片付け、信長の言いつけ通りに首を陣前に晒し、叫んだ。


「この者、軍法違反により処罰した」


 厭戦気分の信長の兵、それも現地で徴用した兵らは特に怖れ、気を引き締めた。


「信長様。道三隊、臧覇隊包囲完了」


「城内は混乱の模様。袁紹軍と松永軍がぶつかりました」


「信忠隊包囲網形成中」


 信長の下に次々と情勢が報告される。


「我らも進軍開始じゃ」


 信長の号令で本隊も北海へとゆるりと進んだ。





「趙雲殿」


 後方から自分を呼ぶ声に趙雲は振り向いた。見れば数名の信忠軍の兵が駆け寄ってくる。


「我らもお供させていただきますぞ」


「しかし……」


「何もおっしゃいますな。我ら趙雲殿に感銘しついて参ったのです。なんとしても久秀を討ちましょう」


 兵らは死地に飛び込んで来たというのに、意気軒昂な様子であった。


「ありがたい。皆の命、この趙雲が預かる」


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