「信長様、西から逃れてきた袁紹軍が北海城へ入りました」
「東からは松永軍と思われる軍が北海へ進軍中です」
「信長様、曹操殿より援軍要請が」
信長は床机に腰かけ、腕を組み、目を閉じたまま報告を聞いていた。
「信長様?」
眠っているのではないかと近習の兵が信長に声をかけた。
「機は熟した。西の道三、臧覇軍は二手に別れ、北と西から包囲を。東の信忠は軍を動かし、圧力をかけつつ包囲。本隊はこのまま進軍し南から包囲。合図とともに包囲を縮め殲滅する。竹中隊はそのまま曹操からの援軍の先鋒とする」
信長は静かに目を見開き、全部隊への指示を出した。早馬はすぐさま方々へ散らばり、近習の兵は本隊進軍の指示を各部隊に報告すべく動きだした。
「信長様、行方知れずとなった雷薄殿が帰還されました」
「雷薄だと?信忠の報告では松永軍と遭遇し敗れたのであったな?」
「はっ」
報告を終え、頭を上げた近習の兵が信長の声に違和感を感じ、顔を覗き込むと、一気に血の気が引いた。
今の信長の顔つき目つきを、近習は一度だけ見たことがある。
それは
「……雷薄を呼べ」
信長は小さな声で近習に命じた。
呼ばれた雷薄は、敗北逃走したにも関わらず、反省する所がないのか、しょうがないと割り切ってるのか悠然と信長の幕に現れた。
「いやぁ、まさか伏兵が隠れておるとは思いもしませんでしたわ」
へらへらと笑いながら雷薄が話だした。
「……陳蘭はどうした?」
「さあ。奴とは離ればなれに」
「そうか。だがよくも平然と戻ってこれたものよ」
信長の冷たい声の響きに、雷薄はようやく信長の怒りを知る。
「い、いや、お待ちを」
「勝敗は兵家の常よ、致し方ない。だが怠慢や独断による敗北までは許すことができぬ。しかも反省の色が見えず、おめおめとこの信長の下へ戻ってくるとは。使えぬ奴よ。斬り捨てよ」
雷薄の後方に控える兵が抜刀した。
雷薄は無様にも両手両膝を地につき、土下座の形でひたすら命乞いをしている。
「ふん。恥も外聞もないのか」
信長が見下し言い放った。
「刎ねよ」
信長が短く告げる。即座に兵が刀を薙ぎ、雷薄の首が宙を舞った。
鮮血が飛び上がり、信長の幕を赤く染めた。
「晒せ」
信長は冷たく吐き捨てた。
近習の兵は雷薄の遺体をすぐさま片付け、信長の言いつけ通りに首を陣前に晒し、叫んだ。
「この者、軍法違反により処罰した」
厭戦気分の信長の兵、それも現地で徴用した兵らは特に怖れ、気を引き締めた。
「信長様。道三隊、臧覇隊包囲完了」
「城内は混乱の模様。袁紹軍と松永軍がぶつかりました」
「信忠隊包囲網形成中」
信長の下に次々と情勢が報告される。
「我らも進軍開始じゃ」
信長の号令で本隊も北海へとゆるりと進んだ。
「趙雲殿」
後方から自分を呼ぶ声に趙雲は振り向いた。見れば数名の信忠軍の兵が駆け寄ってくる。
「我らもお供させていただきますぞ」
「しかし……」
「何もおっしゃいますな。我ら趙雲殿に感銘しついて参ったのです。なんとしても久秀を討ちましょう」
兵らは死地に飛び込んで来たというのに、意気軒昂な様子であった。
「ありがたい。皆の命、この趙雲が預かる」