「久秀らが隠れておるやも知れぬ。用心し、事にあたるのだ」
信忠は直ちにその場にいる兵を集めて、周囲の探索を指示した。
ほどなく、兵が小さな洞穴を発見した。その入口は茂みの奥深くに隠されており、なんらかの取っ掛かりがなければ発見されることはなかったであろう。
「この奥は北海城に通じるのだろうか?」
信忠が疑問を声に出した。
だが当然知る者などいない。
「私が行きます」
「いや、待たれよ、趙雲殿。ここは父上に報告し、指示を待つべきだ。現に待機命令が出ておる」
「しかし、事を仕損じることになるやもしれませぬ。私一人でも行かせてくださらぬか」
趙雲の嘆願に信忠は無言で首を振った。それを見た趙雲は手に持つ槍を信忠に向けた。
周囲の兵は突然のことに驚き、身動きが取れない。
「信忠殿。貴殿らに命を救われ、さらに借り受けた兵をむざむざと殺され、このままでは大恩に報いることができませぬ。その大恩ある貴殿に槍を向ける不義をお許しください。私はこの命を賭けてでも久秀を討ち、報いねばならぬのです」
趙雲の鬼気迫る表情や仕草に信忠以下全ての者が圧倒された。
「だが、ここで無謀なことをせずとも挽回の機はあるのではないか?」
信忠が趙雲の迫力に押されながらも反論した。しかし趙雲はそれには答えず、くるりと背を向け、洞穴内へと走り去っていった。
「趙雲殿……」
信忠はその背をただ見送るしかなかった。
できることならば共に行きたい。だが信忠とて一軍を預かる身。それ以上に織田軍の後継である。自分勝手な行動などできるはずもない。
「陣に戻ろう」
「しかし趙雲殿が……」
「致し方あるまい」
沈黙が場を支配する。
信忠はそのまま陣へと戻る道を歩きだした。
途中、数人の兵が隊列を外れ、姿を消していく。
信忠はそれを知りつつも、咎めることなく見逃し、他の兵たちも密告することはなかった。
陣に近づいた頃、最後列の兵が離脱する瞬間、信忠は大声で叫んだ。
「武運を祈る。無事帰還せよ」
離脱した兵は振り返り信忠に深々と頭を下げると、身を翻し洞穴の方へと駆けていった。