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第22話

 一方信忠軍は防御態勢からの追撃に手間取りながらも、久秀らを追撃していた。だが出足が遅れたため、久秀軍になかなか追いつけない。


 その上、突如前方の速度が上がる。


 当然先頭の久秀が一人道をはずれ、兵らを煽ったことなど知るはずもなく、連日の強行軍の疲れも相まってその差は広がるばかりであった。信忠以下の将校らも督戦するがもはや効果なし。


 信忠はやむなく行軍を停め、兵を休息させることにした。物見は常に出し、警戒態勢を維持しつつ、回復を待つ。


「趙雲殿帰還」


「信長様への使者が戻りました」


と、様々な報告が信忠に届く。


 信忠はまず趙雲を迎えた。


「趙雲殿!」


「信忠殿、勝手な行動申し訳ない。久秀を討つこともできなかった」


「御身が無事ならば良いのじゃ、よく戻って参った」


 趙雲の謝罪を信忠は何事もなかったかのように許し労った。


「使者を」


 信忠はその場に使者を呼んだ。


「信長様より深追いはするなと伝言が」


「うむ。では軍はこのまま停めおこう」


 信忠はすぐさま指示を出すと趙雲を振り返り、


「久秀のことは父上に任せ、我らは休もう」


と、声を掛けた。


 よくよく見れば趙雲の端正な顔立ちは砂埃に隠され、髪もところどころに土砂が降りかかっている。


 衣服は激しい戦闘の跡を物語、破れていたり、返り血を浴びたりしている。


「趙雲殿、近場に水浴みができそうなところを探させよう」


 信忠はにこりと微笑みながら話しかけた。


 趙雲は言われてからようやく気づいたようで、恥ずかしがりながら微笑みかえす。


「ありがたきお言葉。しかし、まだ戦陣ですので」


「やはり趙雲殿は武士の鑑のような方ですな。確かに水浴びは儂も言いすぎた。だが顔を洗うぐらいならば構うまい」


 信忠は感心し、そういうと近場の川を探しに趙雲の手を引いて歩きだした。


 陣からそれほど離れず他愛もない話をしながら少し歩くと、丈の高い茂みの奥から川のせせらぎが聞こえてきた。


「こちらに川があるようだな」


 信忠の部下が茂みを掻き分け、奥へと進むと小川が流れていた。


「顔を洗う分には充分であろう」


と、趙雲に微笑みかけ、小川に近づいていった。


 二人と付き従う兵らは、小川からそこそこ綺麗な水を掬い、顔を濯いだ。


 戦陣に明け暮れていたため、つかの間の休息に惚け、鳥のさえずりに耳を傾ける。


 下流を見渡せば、一頭の馬が水を飲み、一息ついていた。


「ほう、どこかからの脱走馬か」


 その馬は簡易な鞍を乗せており、首にまとわりつく手綱が邪魔なのか、しきりに首を左右に振っていた。


 その姿が可愛らしげに見えたようで、趙雲はすくっと立ち上がり、馬を警戒させないように近づいた。


 だが軍馬で、人に慣れているため趙雲の行動に警戒する素振りを全く見せない。


 趙雲はそのまま、手綱を掴み、ひきしぼりながらたてがみを優しく撫でた。


「この馬……」


 そのまま記憶の糸を辿ると、老将の顔が脳裏に浮かんだ。


「信忠殿!」


 のんびりとした雰囲気を、趙雲の声が壊した。


「何事か?」


 信忠が駆けつける。


「この軍馬。久秀が逃亡の際に跨っていた馬に酷似しておりますが」


「まさか」


 信忠は趙雲の報告を軽くいなしたものの、趙雲がそんなつまらない冗談を言うとも思えない。


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