臧覇が鍛えあげた騎馬隊は、数倍の敵を相手に撹乱威嚇を平気で成し遂げる強軍で、局地戦では無類の強さを誇っていた。
基本的に城攻めにおいて、騎馬隊は役に立たない。
当然袁紹軍の将兵もそのことを知ってはいるのだが、臧覇騎馬隊の風評を過剰な意味でとらえていた青州の袁紹軍は、戦いが始まる前から恐れを為し、戦意はすこぶる低かった。
臧覇は騎馬隊を、逃亡する袁紹軍とぶつからない程度に追わせ、道三がその後方から横に広がる陣を布いて、進軍路を限定させる。
こうして北海城への誘導をし、信長への使者を派遣した。
信長は信忠の使者を受け、北海城に入城した。
「信長様!」
「蘭、無事であったか?」
「はっ。陳登殿共に」
信長の姿を目にした蘭丸は、今まで押さえていた涙を止めることができなかった。そんな蘭丸を信長は柔らかい目で優しく見つめる。
「今はゆっくりと休むがよい」
眼差しと同じく、優しい口調で話すと蘭丸と陳登に休養を命じ退がらせた。
信長の下には信忠や半兵衛からの使者が集まり、急いで軍議を終えなければならないのだ。
信長はすぐにいつも厳しい表情に戻し、使者を呼び寄せた。
「信忠様より。久秀を追い東に向かうも、久秀は反転し北海もしくは南皮に向かう模様。ご注意されたし。また雷薄の部隊が久秀軍に敗れた模様。生死は判断つかぬと」
「ふむ、密偵を放ち周囲の状況を確かめよ。して、信忠はどうしておる?」
「久秀を追撃中です」
「頃合いを見計らい軍を停めるよう伝えよ。決して深追いしてはならぬ」
「はっ」
早馬の兵は早速信長の指示を信忠に伝えるべく戻っていった。物見の兵も四方に散る。
「次」
「は。竹中様より。徐州は曹操麾下の臧覇隊が防衛に入りました。竹中軍は現在青州国境付近を進軍中」
「承知。半兵衛には北海城の本軍はこれより城外へ撤去するゆえ、国境を越えたところに陣を張り、待機と伝えよ」
「はっ」
「これより本軍は南門より後方に陣を移す。迅速に行動せよ」
竹中隊の早馬が去り、信長が本陣移動の下知をくだす。本軍は信長の指令通り素早く城外へと撤退し、信長が南門跡を通り過ぎたころ、道三からの使者が駆けてきた。
道三様より、臧覇騎馬隊とともに袁紹軍を北海へ誘導していると」
「うむ、そのまま北海へ追うよう伝えよ」
信長は満足げに道三の使者の報告に頷いた。最初の計画では、道三が北海へ袁紹軍を、信長らは北海城の久秀軍を西に追い払い、同士討ちさせる予定であった。
展開自体は違ったものになったが、東へ逃れたはずの久秀とその軍がなぜか北海へ舞い戻ろうとしていることにより、同様の結果を望める。
「久秀、決着をつけようぞ」
信長は寂しげに微笑みを浮かべ、ぽつりと呟いた。
久秀は信忠の陣を抜けるとそのまま北海城方向へと駆けた。振り向くと、久秀の軍勢も信忠軍との戦闘を避け追従している。
久秀は馬の速度を落とし、後続隊の先頭まで下がると、牽引する兵らに指示をだした。
「おぬしらはこのまま北海城へと進め。一番乗りは昇進、恩賞思いのままじゃ」
煽られた兵らはいきり立ち、我先にと競いながら北海城へと進軍した。
久秀はしばらくは北海城方面へ馬を走らせたが、途中脇道に逸れ、馬を降りると深い茂みの中へと姿を消した。