岡の部隊と合流した久秀は北海奪還のため、来た道を戻っていた。
「騎馬が一騎近づいてきます」
兵の報告があった。
「まさか!」
「久秀様?どうなされた?」
久秀の驚きに、岡以下諸将が反応する。
「趙雲か!」
久秀が一人の名を叫ぶ。
「しかし……家中随一の豪腕飯田がいるはずですが」
海老名が信じられないといった顔で反論する。
「そうだとしても、こちらには二千ほどの兵がおります。恐れる必要はないでしょう。逆に討ち取ってやりますわ」
岡の言葉に森も同意した。森はそのまま槍を手に取り馬に跨ると、兵たちに防御の態勢を指示し、陣前へと進んだ。
「飯田ではないな」
森はそれを確認すると馬を飛ばし、趙雲と思われる男に近づいた。不意を突かれないよう、充分警戒もしている。
「趙雲殿か?」
「いかにも。貴殿は松永の手の者か?」
森は返答を槍で示した。
だが趙雲はその槍の穂先をなんなくかわすと、その柄を左脇に挟み込み、右手の槍で森の首を斬りつけた。槍はうねりを上げ森に襲いかかる。
森はかわそうと身を翻したが、自身の槍が趙雲に抑えられていて思うように動けない。
たまらず槍を手放したが一手遅かった。趙雲の槍が森の首を切り裂く。
即死はしないまでも多量の出血と呼吸困難から、森は馬から転げ落ち身悶えた。
「せめてもの情けだ」
趙雲は森から奪った槍でとどめを刺した。
二人の戦いを固唾を飲んで見ていた松永兵らが、
「森様討死!」
と騒ぎだす。
岡や海老名、久秀にもすでに報告は届いていた。岡は顔を真っ赤にし憤る。
「一騎討ちでは不利じゃ。皆で囲み、討ち取れ」
だが眼前で勝負を見ていた兵たちは恐怖心からか動きが鈍い。
趙雲はそれを見受け、隙を逃さず松永軍に突撃した。
「おのれ!」
海老名が趙雲を止めようと動きだす。久秀と岡は兵を叱咤している。
「うわぁ!」
久秀らの声は兵たちの悲鳴にかき消された。
交錯する一瞬。海老名は趙雲の槍に突かれ、そのまま兵の群の中に消えた。大軍といえども混乱していては烏合の衆に過ぎない。
「久秀様!ここは私が止めますゆえ、兵を引き連れお逃げくだされ!」
岡は久秀にそう告げると、腹心の部下を連れ、果敢にも趙雲に斬りかかった。久秀は北海城へと足早に逃げ出し、多くの兵が後に続く。
北海城にはすでに信長も入城していよう。
こうなれば最後の大仕掛け、北海城楼閣爆破をするより手段はない、と久秀は咄嗟に思った。
信貴山での爆死の経験から、せめて相手を道連れにする方法をと考え、北海城改修時に楼閣内部に大量の火薬を仕掛けてある。
城外からの攻撃に備えて内部に仕掛けてあるため、火矢を浴びせられたくらいでは爆発しない。
多くの将を失い、我が子久通までも自分の手にかけた。再起することはもう不可能に近い。
だからこそ、意地でも最終手段で信長を道連れにしたい。
死ぬことに怖さはない。
ただ犬死にだけはしたくない。今、趙雲に討たれるのは犬死ににしかならない。
そう考えての最後の逃げだった。
岡の部隊は身を挺して趙雲を止めているし、久秀ついてくる兵は少なくない。
途中信長軍と出会っても兵たちを生け贄に逃げきって北海に到達してみせる。
まだ自分しか知らない隠し通路がある。そこから侵入すれば大量の火薬を仕込んである場所まで悠々と行ける。