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第16話

 そこへさらに輪をかけるように久秀が親衛隊を引き連れてきた。包囲網と密度がより厚く濃くなる。


 だが、久秀の親衛隊は思いも寄らぬ行動を取り始めた。群集を遠巻きに包囲したかと思いきや、弓に矢をつがえて次々と放ち出す。


 矢は敵兵も味方も見境容赦なく飛んでくる。兵士たちの悲鳴と狂気の声がその場を支配し、混乱に拍車をかけた。


「久秀様……」

「と、殿!?」


 自分が仕える主君の突然の乱行に、兵士たちは戸惑い、または怨磋の声をあげる者もいた。


「ふん。使えん奴らよ。皆殺しにしてくれるわ」


 久秀は悪びれることなく言い放った。


「父上、儂もいるのだぞ。ええい、近衛兵ども、矢を止めよ」


 久通も信長軍と剣を交えながら、久秀と近衛兵に向けて叫んだ。しかし、近衛兵は矢をつがえるを止めずに、放ち続ける。


「おのれ、父上!信長の軍が迫っているのに、兵を減らしてどうするつもりか?」


「ふん。役立たずがおらんでも、東莱とうらいに向かっておる岡国高おかくにたかを呼び寄せておるわ。おぬしらはここで蘭丸らと共倒れになるがよい」


「岡を呼び寄せただと」


「そうよ、奴には飯田も預けておる。おぬしの数倍役立とう」


 松永親子の罵りあいが続く。


「好機ぞ!押し返せ」


 蘭丸の号令の下、弥助以下の兵たちが力を振り絞って松永軍を押し返した。劉勲の部隊も、松永軍を盾に矢を防ぎつつ少しずつ進む。


「伝令、信忠軍の趙雲隊が南門に到達。攻撃を開始しております。久秀様、指揮を」


「わかった。近衛隊、奴らを生かしておくなよ」


 松永兵の報告に弥助らは大いに士気が揚がる。久秀はすぐに南門の指揮のため移動した。


「父上、待たれよ」


 久通は久秀に追いすがろうとその場を動いた。そこへ近衛隊の数本の矢が襲いかかり、久通に突き刺さる。


「うお……おのれ、父上!」


 久通はついに事切れた。


 裏切りや謀略を画策した男が、身内に裏切られ、味方の兵に裏切られ、悲惨な最後を遂げた。


 久通隊は指揮官を失い、戦意喪失し、続々と近衛兵に降伏の意を示す。だが近衛兵は久秀に受けた命を忠実に実行する。


 無抵抗な兵たちは次々と倒れ、あるいは逃げだした。


 そのうち一人の松永兵が声を張り上げ、叫んだ。


「信長様に降ろう。蘭丸様を助け、儂らも生き延びよう。憎むべきは久秀じゃ」


 これを皮切りに、逃げ腰だった松永兵はいきり立ち、悪鬼羅刹の形相で近衛兵に向かっていく。


 近衛兵らも応戦するが、生きるために執念を燃やす反乱兵らの勢いにはかなわず、倒されても倒されても、乗り越え襲いかかってくるため恐怖を感じ、近衛兵らは弓や武器を捨て逃げだした。


「追え!」

「久秀の首を取れ!」


 優勢に立った反乱兵はその勢いのまま近衛兵を追いかける。


 逃げ遅れた近衛兵はなますのようにめた斬りにされ、あるいは突き刺された。


「今だ。趙雲殿と合流しよう」


 その様子を窺っていた蘭丸は弥助に声をかけた。弥助ら救援部隊は蘭丸と陳登を抱え南門に向かい、劉勲は反乱兵に混じり久秀を追った。


 反乱のためか南門近辺までは障害もなく進むことができ、その南門も反乱により敵兵は逃げており、すでに占拠されている。


 跳ね橋が降ろされ、城門が開き、趙雲率いる部隊が駆け込んできた。


「ン?」


 その時弥助は楼閣の方から流れてくる異様な臭いを嗅ぎ取った。

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