そこへさらに輪をかけるように久秀が親衛隊を引き連れてきた。包囲網と密度がより厚く濃くなる。
だが、久秀の親衛隊は思いも寄らぬ行動を取り始めた。群集を遠巻きに包囲したかと思いきや、弓に矢をつがえて次々と放ち出す。
矢は敵兵も味方も見境容赦なく飛んでくる。兵士たちの悲鳴と狂気の声がその場を支配し、混乱に拍車をかけた。
「久秀様……」
「と、殿!?」
自分が仕える主君の突然の乱行に、兵士たちは戸惑い、または怨磋の声をあげる者もいた。
「ふん。使えん奴らよ。皆殺しにしてくれるわ」
久秀は悪びれることなく言い放った。
「父上、儂もいるのだぞ。ええい、近衛兵ども、矢を止めよ」
久通も信長軍と剣を交えながら、久秀と近衛兵に向けて叫んだ。しかし、近衛兵は矢をつがえるを止めずに、放ち続ける。
「おのれ、父上!信長の軍が迫っているのに、兵を減らしてどうするつもりか?」
「ふん。役立たずがおらんでも、
「岡を呼び寄せただと」
「そうよ、奴には飯田も預けておる。おぬしの数倍役立とう」
松永親子の罵りあいが続く。
「好機ぞ!押し返せ」
蘭丸の号令の下、弥助以下の兵たちが力を振り絞って松永軍を押し返した。劉勲の部隊も、松永軍を盾に矢を防ぎつつ少しずつ進む。
「伝令、信忠軍の趙雲隊が南門に到達。攻撃を開始しております。久秀様、指揮を」
「わかった。近衛隊、奴らを生かしておくなよ」
松永兵の報告に弥助らは大いに士気が揚がる。久秀はすぐに南門の指揮のため移動した。
「父上、待たれよ」
久通は久秀に追いすがろうとその場を動いた。そこへ近衛隊の数本の矢が襲いかかり、久通に突き刺さる。
「うお……おのれ、父上!」
久通はついに事切れた。
裏切りや謀略を画策した男が、身内に裏切られ、味方の兵に裏切られ、悲惨な最後を遂げた。
久通隊は指揮官を失い、戦意喪失し、続々と近衛兵に降伏の意を示す。だが近衛兵は久秀に受けた命を忠実に実行する。
無抵抗な兵たちは次々と倒れ、あるいは逃げだした。
そのうち一人の松永兵が声を張り上げ、叫んだ。
「信長様に降ろう。蘭丸様を助け、儂らも生き延びよう。憎むべきは久秀じゃ」
これを皮切りに、逃げ腰だった松永兵はいきり立ち、悪鬼羅刹の形相で近衛兵に向かっていく。
近衛兵らも応戦するが、生きるために執念を燃やす反乱兵らの勢いにはかなわず、倒されても倒されても、乗り越え襲いかかってくるため恐怖を感じ、近衛兵らは弓や武器を捨て逃げだした。
「追え!」
「久秀の首を取れ!」
優勢に立った反乱兵はその勢いのまま近衛兵を追いかける。
逃げ遅れた近衛兵はなますのようにめた斬りにされ、あるいは突き刺された。
「今だ。趙雲殿と合流しよう」
その様子を窺っていた蘭丸は弥助に声をかけた。弥助ら救援部隊は蘭丸と陳登を抱え南門に向かい、劉勲は反乱兵に混じり久秀を追った。
反乱のためか南門近辺までは障害もなく進むことができ、その南門も反乱により敵兵は逃げており、すでに占拠されている。
跳ね橋が降ろされ、城門が開き、趙雲率いる部隊が駆け込んできた。
「ン?」
その時弥助は楼閣の方から流れてくる異様な臭いを嗅ぎ取った。