「生かすも殺すも全て信長公とおぬしら次第よ」
久通はそう悪態をつくと、足を早めて立ち去った。趙雲もこれ以上は追及できず、歯噛みしながら見送ることしかできなかった。
「とりあえず進軍を一時停め待機いたす」
信忠は進軍停止の合図を出すと、信長に早馬を送り、また四方の偵察を紀霊に命じた。
久通は堂々と信忠軍を通りすぎ、信長のいる本陣へとたどり着いた。
信長はすでに信忠の報告を受けていたため、自分の下へと連れて来させた。
「まぎれもなく将軍殺しの松永久通よな。久しいのう」
久通は地に膝をつき、礼をとった。
「信長公もお変わりないご様子。ご健勝でなによりですな」
「ふん。死んでこちらの世界に来たのに健勝とは皮肉よのう。何用か?」
「父、久秀より書を預かっております」
久通は衛兵に文書を手渡し、平伏した。
衛兵は文書の表面を確認し、毒針など何も仕込まれてないのを確かめてから信長に文書を渡した。
信長は書を開き、黙読すると、上目使いでこちらを見ている久通に話しかけた。
「手を組もう……だと?」
信長は眉がぴくりと動く。
「人質を取り、その上手を組もうとは。なんともそなたらに都合の良い話よのう」
久通は頭を上げ、落ち着いた表情で返事をした。
「まさか信長公が松永は卑怯なり、などとは言いますまいな?」
妻子を人質にし、従属や同盟を促すのは、戦国時代当時では極々当たり前のことであった。
裏切れば人質に害が及ぶ。女子供とて容赦なし、そんな時代であった。
「卑怯……などとは言わぬ。おぬしらにとって都合の良い内容だと申しておる」
信長は真剣な表情で久通に言い返した。
「ええ。外交の優先権は我らにありますからな。こちらに有利なのは致し方ありますまい」
「では、聞こう。おぬしらの戦略を」
「まずはこのまま北海城まで進軍して頂く。北海城では我らも兵を出しますが、少し戦って逃げます。この時に袁紹に曹操軍来襲と救援の使者を出せば、優柔不断な袁紹のこと、重臣を集め悩み、結果こちらへの援軍は派遣せず白馬や延津の曹操軍と戦い始めるでしょう」
久通は一気に語った。ゆったりとした独特の言い回しではなく、場にいる皆に、はっきりと聞こえるように話した。
「この戦いの帰趨は曹操が勝利します。だが曹操軍とて疲労困憊でしょう。我らは袁紹軍の敗残将兵を接収しながら、曹操軍と戦っていく。信長公はこのまま許昌へ進み献帝を押さえる。といったところですが、いかがかな?」
久通は自信満々と語り、信長の答えを待った。
「ふん。随分と簡略的な戦略よな」
信長は途中から頬杖を突きながら聞いていたが、これは信長が不満を感じた時の癖のようなものであった。
「詳細はこれから父を交え、詰めていけば良かろう?」
久通は憤り、立ち上がって叫んだ。
「遅い。おぬしらが二人を捕え、我らが青州に奪還のための進軍を開始した時より、曹操と袁紹の大戦は開幕したのだ」
「しかしまだ前哨戦のまた前哨戦。間に合わぬことはあるまい」
「ふん。父ほど優秀ではないな」
「なんだと!?」
「まあ、それ以上にそなたらに信が置けぬ。帰れ」
「信長!こちらには人質がいるのだぞ。大事な小姓がどうなってもよいのか!」
久通の額には青筋が浮き、目は充血し、体がわなわなと震えていた。
「この信長が脅しに屈すると思うたか!松永一族を再び地獄へ送ってくれよう。蘭丸と陳登を上客として遇し、首を洗い待つが良い!」
久通の言葉、態度が勘気に触れ、激昂し、信長は立ち上がるや刀を抜き、その刀の先を久通に向けた。