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第7話

 とりあえず生きている。陳登はひとまずほっとした。だが、この牢はかなり腐臭や排泄物の臭いがきつく、とても清潔とは言えない。怪我や傷も心配だが、それが化膿して病になることも懸念される。


「ち、陳登殿か?」


「蘭丸殿!気づかれたか?」


「ここは?」


「おそらく、北海城の牢であろう」


 蘭丸は目を覚まし、陳登へ呼びかけるが、声はかすれ、弱々しい。


「蘭丸殿、無理に話されるな。今は体を休めるが一番ですぞ」


「……」


 蘭丸は陳登に従い、口を閉ざした。


「趙雲殿と弥助殿が無事に逃げた、いずれ信長殿が助けに来ましょう」


 陳登は蘭丸を励ますために声を駆けた。


 しかし、これは蘭丸には逆効果であった。


 蘭丸は声をかみ殺し、すすり泣いた。


 励まされたのが嬉しいわけではない。敵に捕らわれたからでもない。ましてや傷が痛むからでもない。


 蘭丸は自分の不甲斐なさを嘆いた。


 信長の命をまともに達成できず、それどころか捕らえられ、救出にくるかもしれない信長の手を煩わせることに対して情けない、と自分を責めたのだ。


 陳登は蘭丸を見守る以外できなかった。同時に、信長軍の強さの源を垣間見た気がした。


 蘭丸も時間の経過と共に気を持ち直し、精神的には落ち着いたように思える。


 粗末だが食事もあるし、暗がりにも慣れ、臭いも最初ほど気にならなくなっていった。


 それから何日かが過ぎた。


 鎧のこすれる音と兵たちが雑談している声が聞こえる。


 声と音は徐々に近づいてきて、陳登と蘭丸の牢の前で止まった。


 牢の鍵が開き、数人の兵が入り、陳登と蘭丸に猿ぐつわをし、体を持ち上げる。


 騒いだり、暴れたりしたところで、自身が危うくなるため、蘭丸も陳登もさされるがままであった。


 徐々に光の指す方へと兵たちは進んでいく。


 完全に外に出た。久々に浴びる日の光に、眩しくて目を開けれない。


 二人は兵たちに放り投げられた。その時の衝撃に鈍い痛みが体を走り、舞い上がった砂埃に鼻がむずがゆい。


 さらに突如、冷たさを全身に感じた。兵たちは数度、二人に水を浴びせかけたのだ。


 水が止むと、一人の男が歩み寄ってきた。

足下しか見えないので、誰かはわからないが、声で気づいた。松永久通である。


「父上の御前じゃ、少しはこの臭いをなんとかせねばな」


 久通は下賤に笑った。


「久通、それくらいにしておけ」


 声の方を見据えると、椅子に座る白髪混じりの髪の男がいた。


 顔に刻まれた深い皺に、蛇のような執念深そうな目つき。それは間違いなく、松永久秀であった。


「森蘭丸か、まさかおぬしらまでこの時代に来ておるとはのぅ。信長は変わりないか?」


 久秀の問いに蘭丸は答えず、睨みつけた。


「答えんか!」


 久通は蘭丸を踏みつけた。


「よいよい」


 久秀は笑いながら久通を制した。


「さて、蘭丸殿。おぬしの主、信長公が兵を動かしたらしい。いずれここまで攻め寄せてこようのぅ」


 さすがに情報収集力は見事である。権勢を見極め、有利な方につく。久秀の得意とする手段である。


「そこでだ。曹操と袁紹が睨みあっているのは知っておろう。この戦いは曹操が勝つ。だが曹操とて深手を負うはずじゃ。そこを儂と信長公が組んで、献帝を奪う。こんな策はいかがかな?」


 久秀は遠くを見るように、献帝奪還計画を語った。


「私を人質にし、いずれまた、裏切るか?」


蘭丸は久秀の言葉を信用していない。


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