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第6話

 青州せいしゅう北海ほっかい城。


 董卓とうたくが猛威を奮っていた頃は、孔融こうゆうという孔子こうしの子孫が治めていた。


 度重なる黄巾賊こうきんぞく残党や山賊の被害を受け、国は荒れていた。


 その後、黄巾残党は曹操に帰順し、青州兵として曹操軍の中枢を担うことになる。


 曹操による青州黄巾討伐が終わると、曹操は袁紹に献帝からの詔勅を送り、袁紹の長子袁譚えんたんを青州刺史(州の最高責任者)に任命し、統治させた。


 袁譚が刺史に就きまもなく松永軍が現れる。久秀は得意の弁舌と調略で袁譚の信を得、己の勢力拡大に努めた。


 やがて袁紹と曹操が敵対すると、袁紹は全兵力を集めるために袁譚も招集し、袁譚は久秀に青州留守を任せ、今に至る。


「父上、偵察途中に良い土産を手に入れましたぞ」


 北海へ戻った久通が久秀に報告した。久秀が久通を見ると、ところどころに生々しい傷がある。


「虎でも捕らえてきおったか?」


 久秀は低い声で笑いながら口元を歪めた。


「虎なんぞよりも、はるかに喜びそうなものじゃ」


 久通は自慢げに言うと、振り向き後方に合図した。それは丈夫そうな縄でぐるぐると縛られ、引きずられてきた。


「誰じゃ?」


 久秀が問うと、久通は得意げな顔で、そのものの顔が見えるように髪を持ち上げた。


 それは泥や血にまみれていて、男女の区別までつかない。


 久通は部下に布を持ってこさせると、その布で引きずって連れてきたものの顔を乱雑に拭った。


「ほぅ。この小僧は信長の小姓ではないか。確か蘭丸と申したな。となると、信長もこの時代に居るか」


「でしょうな。徐州の木瓜と永楽銭の紋は織田信長と見て間違いないかと」


「厄介よのう、だが楽しみができたわ」


 久通は相変わらずにたにたと品のない笑いをしている。


 一方の久秀はその表情からは、厄介なのか楽しんでいるのか読み取れない。


「もう一人、陳登という武人も捕らえております」


「陳登か。徐州の名士だな。両名ともいずれ役に立とう。死なすなよ。それと、信長が軍を向けるやも知れぬ。いつでも出陣できるよう用意しておけ」


 久通は父の非業な部分を色濃く受け継いでおり、拷問でよく捕虜を殺したりする。


 それを久秀は念を押して諭し、また信長軍の進軍を予想し、防衛の準備に当たらせた。


「官渡で袁紹が敗れたら独立しようと思っておったが……信長のぅ」


 久通が去ると、久秀は顎の髭をしごきながら一人呟いた。


 そのころ道三は信長の密命を受け、許都へと馬を走らせていた。


 蘭丸と陳登奪還のためのこの軍事行動は、後世にいう「官渡の戦い」の開幕の狼煙を上げることになるかもしれない。


 事後承諾の形になる上に援軍、または後詰めの要請もしなければいけない。


 そのため弁の立つ者を使者に、ということから道三が選ばれた。


 深夜の凍えそうな寒さの中、道三は急ぎ駆けた。何枚も重ね、厚着はしてある。防寒用に酒も持ってきた。


 それでも寒さはこたえる。やがて雪が降り出し、風も次第に強まってきた。


 徐州はすでに越え、隣の豫州よしゅうへ入った。とはいえ目指す許都まではまだまだ先は長い。


 道三は蘭丸や陳登の身を案じ、さらに馬を急がせた。




「蘭丸殿、蘭丸殿。生きておられるか?」


 蘭丸と陳登は牢に繋がれていた。牢の上方にある小さな柵から漏れる、僅かばかりの月の光を頼りに陳登は蘭丸にすり寄った。


 両者とも、簡易な手当てはされてあるが、後ろ手に縛られ、足枷をされているため、毛虫のようにずりずりとしか動けない。


「うぅっ……」


 蘭丸が陳登の呼びかけに応じるように呻いた。

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