「信長様、弥助殿と見慣れぬ将が!」
「弥助が?すぐに通せ」
弥助と趙雲はほうほうの体で、徐州の彭へとたどり着いた。馬は泡をふき、四肢が震え、よほど急いでやって来た事を想定させる。
弥助と趙雲は信長の兵らに支えられ、信長の下へと連れてこられた。
「弥助!何があった?蘭は?陳登は?」
「マツナガ。ランドノトチントウタタカッテル」
弥助は荒く呼吸をしながら、慣れない言葉で懸命に伝えた。
「貴殿が陳登殿の主君でござるか?」
趙雲が息を整え話だした。
「我が名は趙雲。字を子龍と申す者、徐州の劉備殿に仕官を求め、北平から参ったのだが、途中袁紹の兵と黒い集団に襲われていた所を陳登殿とこちらの方々に救っていただきました」
趙雲は息もつかせず説明し、それを聞いた信長も半兵衛も目を見開いた。
趙雲という勇将の出現と黒い集団は松永だということに。
「蘭と陳登は?」
信長が訪ねる。
「両名とも我らを逃がすために、その場に残っております」
趙雲の返答に信長は絶句した。
「殿、出陣の用意をして参ります」
半兵衛が信長の指示を待たずに行動を開始した。
彭城内が慌ただしくなる。
兵たちは武器やら鎧やらを整え集合し、または兵糧の用意などで休む間もない。
信長は将を集め、軍編成をしていた。
「先陣は信忠兵千五百、本陣は儂が三千。彭には半兵衛と可成二千五百。紀霊は信忠の副将、弥助、雷薄、陳蘭、劉勲は儂の下におれ。張勲は半兵衛とともに彭待機じゃ」
紀霊や雷薄、陳蘭などは元袁術の配下であった。
各々独立したり、または賊化していたり、残党狩りから逃れていたりしたのだが、食料の不足や南の孫策の台頭などで北に追いやられ、半ば新興勢力の信長へ仕官に来ていたのだ。
「信長殿、私も連れて行ってくだされ」
趙雲が従軍を志願した。
「貴殿はまだ傷が癒えておらぬ、彭にて休まれよ」
信長が諭すが、趙雲は頑として聞き入れない。
「彼らは私を救うために今や生きているかどうかもわからない状況です。生きているならば私が救う番だ」
信長もその心意気と関羽にも劣らなそうな強情ぷりに折れた。
「良かろう、信忠の軍に編入しよう。だが決して無理はいたすなよ」
そう言うよりなかった。趙雲は感謝を告げると意気揚々と先陣へと向かった。
先陣では信忠が進発しようとしていた。
「信忠殿」
信忠がふと振り向くとそこには、軽く痛むのだろう、少し足を引くような歩き方で、武装した趙雲がやってきた。
「信長殿より許しをもらい、先陣に加わることになりました。よろしく頼みます」
趙雲は信忠に頭を下げ、従軍の意を伝えた。
「趙雲殿のような武人が加わるのは心強いが……足は大丈夫なのですか?」
「心配無用ですよ。なんとしてもお二人を助けだしましょう」
信忠はそれでも心配そうな顔をしていたが、信長から許可を得ていること、趙雲の自尊心を考慮し、そのまま出発の号令を掛けた。
「信忠殿、松永とはどういった輩であろう?」
行軍中、趙雲は信忠と馬を並べ、尋ねた。
信忠はなんと説明して良いものか悩んだ。
本当のことを話したところでややこしくなるだけだし、そもそも信用されまい。
「松永は暗殺謀略を得意とする輩で、目的のためならば重要な宝物などを平気で焼き払える非道の男だ。また裏切りは常で信用ならぬ」
信忠はかなり省いて伝えたが、趙雲はこれだけでも充分理解し、自身と正反対である松永に尚更敵対心を燃やした。