黒い軍団、松永軍は非常に統率がとれていて、行軍も規則正しい。
久秀の統治力が優れている所為か、恐怖によるものかまではわからないが。
いずれにせよ、信長が認めた人物である。それが敵方にいる、これだけでも信長に伝えるべき重要事項であった。
三人は鎧の擦れる音が聞こえなくなるまで、声はおろか気配までも消し続けていた。
「陳登殿、急ぎ戻って殿に報告を。我らはもっと潜入しますゆえ」
陳登は蘭丸の言葉に頷くと、静かに立ち上がり、来た道を戻ろうとした。
その時。
突如、喊声のような、怒声のような声が道の先から聞こえてきた。
三人は急ぎしゃがみ、顔を見合った。
我らではない。
蘭丸は先へ進もうと指で合図した。三人は先ほどよりは気を配らず先に進んだ。
喊声の具合から考えて、少しぐらいは大胆に進んでも大丈夫だろう。
声が大きく、近くなってきた。草木を掻き分け、様子をうかがう。
一人の騎馬武者が松永の軍勢を駆け抜けようとしている。
「あれは……松永軍が得意とする、陥馬の陣」
その名の通り、騎馬隊の進路を限定させ、叩き落とす陣形である。騎馬武者は善戦するも、やはり馬から放り飛ばされた。
「あっ、あの方は」
騎馬武者を見た陳登が小さく声を上げた。
武者はうまく受け身をとり、飛ばされた勢いを利用し立ち上がると、すぐさま槍を手に松永軍と合い向かった。
この一連の身のこなしから、相当の使い手であることが想定できる。
「知り合いか?」
蘭丸が訪ねると陳登は、
「おそらく、趙雲殿」
と、短く答えた。
その間に、先の袁紹の小隊も戻り、ますます趙雲は不利になる。
そして、松永軍が動いた。
趙雲は攻撃を巧みにかわし、受け止めるも防戦一方。
「……アシ」
弥助がぼそりと呟いた。
注意深く見ないとわからないくらいだが、右足を庇いながら戦っているようだ。
直後。隣でがさっと草を掻き分ける音が聞こえ、人が踊りでるのを目で捉えた。
陳登だ。
茂みから飛び出した陳登は、
「我は徐州の陳登、趙雲殿とお見受けいたす。義理により味方いたす」
と、名乗りを上げながら突進していく。
止める隙もなく、あんな出方をされた以上、蘭丸も隠れている場合ではない。
あの二人が戦っている間にこちらの茂みを探られるであろう。となれば逃げるか、戦うかの選択を迫られる。
だが蘭丸は頭では咄嗟にそんなことを考えながらも、体はすでに陳登に続いていた。
蘭丸も趙雲の名は知っていた。
冷静沈着で忠実無比な義将。
趙雲もある意味英雄。その英雄と槍を並べられることに、蘭丸の武士としての心に火がついた。
後方からは弥助も続いている。三人はその勢いのまま、松永軍に斬りかかった。
不意を突かれた松永軍数名が蘭丸たちに切られ、また間隙を突いた趙雲の槍の餌食となった。
松永軍は態勢を整えるために一度退き、再び相対する形となり、場が静まった。
「どこぞで見た顔と思ったら、信長にくっついている小僧ではないか」
「貴様は……
「いかにも」
久通は松永軍後方にいて、一人騎乗していた。そしてにやりといやらしい笑みを浮かべた。
彼は久秀の嫡男である。残虐な性分で頭脳も切れる。かの将軍義輝暗殺を実行したのも久通であった。
「小僧、貴様がいるということは……やはり徐州にいる織田旗の軍勢は信長ということだな?」
「お前に話す筋はない」
蘭丸はその美少年たる姿からは想像できない怒声を発した。そこへ陳登が割り込んで話しだした。
「蘭丸殿、どのような関係かはわかりませんが、趙雲殿を連れ徐州へ逃れてくだされ」