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第1話

「ようやく徐州か、劉備殿は健勝にされているであろうか?」


 不穏な噂も聞いた。劉備は曹操に敗れ敗走したとか果てには討ち死にしたという噂まで流れていた。


 いかんせん、劉備が徐州にいるという巷の話を聞き、それだけをあてにしての一人旅である。


 詳しい情報までは仕入れすることもなく、ひたすら南へ南へと進んだ。


 途中、寒空の中、野宿も当然であったし、盗賊や山賊に襲われることもあった。


 それらを返り討ちにし、食糧や衣服、金銭を得、劉備に仕えることだけを夢見て、どんな苦境にも耐えて長旅をしてきた。


 旧主の滅亡から、もうすぐ一年が経つ。袁紹の敗残兵狩りからも逃れ、身を隠しながらようやく徐州との州境近辺まで到達した。


 その男は服装や格好は長旅やら野宿やらでみすぼらしくなっていたが、体格は程良く引き締まり顔つきは猛々しい。普段通りの格好をしていても、女性に好まれるであろう。


 手に持つ槍は、服装とは異なり手入れが行き届いており、日の光に当たって輝いている。


「もうすぐ、水も飼葉もたくさんやるからな。あと少し辛抱してくれよ」


 男は馬のたてがみをなでてねぎらった。


 この男の名は趙雲ちょううん。字は子龍しりゅう。のちの劉備配下の五虎将の一人である。


 趙雲はもう一息、と馬の首をぽんと叩いた。まだ袁紹領であるとはいえ、徐州は目の前。そう思い、ついつい軍用の広い道を駆けた。


(しまった……)


 軍用路を駆けていると前方に袁紹軍の兵三十人ほどを見つけた。


 おそらく偵察の部隊であろう。その内の数名がこちらを発見し、止まれと声を荒げている。


(行けるか……?)


 趙雲も馬もすでに疲労困憊、たかだか三十人とはいえ相手にするのは骨が折れる。だがここまで来て捕まるわけにもいかない。


 趙雲は馬の尻を槍の柄で打ち勢いをつけると、槍を振りかざし、突破を試みた。


 偵察隊の兵士たちはそれぞれ武器を構えるも、やはり怒涛のごとく駆ける騎馬には寄り付かなかった。


 趙雲は偵察隊を突破し難を逃れたかのように思った。しかし、それもつかの間であった。


 偵察隊の先には黒い鎧を身にまとった集団が待ち構えていた。不気味な雰囲気を醸し出す軍は、静かに言葉を発することなく陣型を組み立てた。


 騎馬の進路を開け、両側からはさみこむ陣型で、見たことも聞いたこともない長い槍を持ち、向かって右の部隊は馬の足を絡めるように、槍を突き出し、左の部隊は馬の胴を突いてくる。


 これには如何に武勇に長けた趙雲といえども、どうすることもできなかった。


 左の攻撃を槍で受け流し、馬を守ることは可能だが、足下の攻撃は防ぎようがない。


 趙雲は乗せた馬は、至極当然のように槍に前足を絡め取られると、そのまま前のめりに倒れ、趙雲も宙へと放り飛ばされた。


 趙雲はなんとか受け身を取り、すぐに身構え、黒い集団を威嚇する。


 黒い集団は落ちつき払い、徐々に間合いを詰めていく。その後方からは袁紹の偵察隊も駆けつけて来ていた。


 総勢五、六十。


 趙雲が万全の状態ならば、切り抜けることは可能かもしれない。


 だが疲労と地面に叩きつけられた衝撃、またその際に右足を挫いたようで、とても万全とは言えない。


 たが趙雲は肩で息をしながらも敵を睨みつけ、苦痛を顔に出さず平然を装っていた。


 その時、追いついた偵察隊の中から、部隊長らしい男が歩み出てきた。その男は油断していたのか何の考えもないのか、あまりにも不用心に趙雲の間合いに入り込んだ。


「おとなしく、武っ……」


 趙雲は男が話し終える前に槍を突いた。


 男は首を突かれると、そのまま息絶え、趙雲が槍を戻すと前に倒れこんだ。


 それを皮きりに、黒い集団が趙雲へと走り寄りだす。


(劉備殿……)


 趙雲は絶対絶命の危機に劉備を想っていた。

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