「信長殿は城内にて、関羽殿の軍を統括しています。何があるかわからぬゆえ、と」
張遼は笑顔を厳しく引き締め、曹操に報告した。
「なるほど。では我らも城へ入るとしようか」
曹操はそう言うと関羽を横に侍らせ、入城した。機嫌はすこぶる良いらしく、笑顔が絶えない。これほどまでに喜びを面に出す姿はかなり珍しい。
「曹操殿、約束は守っていただけるのでしょうな?」
関羽は神妙な面もちで曹操に尋ねた。
「すまんすまん、嬉しさのあまりに舞い上がっておった。貴君と交わした降伏の条件、確かに遂行いたす。神に誓おう。安心なさるが良い」
関羽はそれを聞き、ようやく安堵の表情を浮かべた。
曹操の入城を信長配下の兵が信長に伝えた。信長は軍を信忠に預け、半兵衛と道三を連れ、曹操の下に向かった。
曹操は信長を見つけると、駆け寄り、
「よくぞ、関羽を降伏させてくれた」
と、信長の手を取り、感謝の意を伝えた。
曹操は続けてそのまま、信長の耳元に顔を寄せ、小声で話した。
「あとで貴殿に頼みがある。二人で話したいゆえ、時間を取ってもらえぬか?」
「よかろう」
信長はいとも容易く了承した。
「利政の処遇だが、儂がこのまま貰い受けるつもりだ。異論あるか?」
一呼吸置いて、信長が曹操に尋ねた。
「利政か。良いだろう。信長殿にお任せする」
曹操もなんらためらいもなく、可の返答をした。
「では後ほど。場所は信長殿の宿舎にしよう」
「承知した」
曹操がそわそわしている様子が見えたため、信長も深い話はせず、極々簡単に打ち合わせをして別れた。
日が暮れ、外は雪が舞い落ちていた。
下邳城では曹操の徐州統一の酒宴が始まっていた。勿論それは建前で、関羽の投降と支配が本音である。
宴もたけなわになった頃、信長らは宴を辞し、下邳城内の北門の宿場に向かった。
兵たちは可成に預け、兵舎で休ませていた。
夜も深まり、宴も解散し、皆が寝静まったころ、曹操と許褚が信長の宿舎に現れた。
「信長殿、起きておるか?」
「うむ。それで、話とは?」
「知っての通り、これより我らは袁紹との戦いになる。この戦いは互いに中原の覇権を賭けた重要なものとなろう。両軍ともに洛陽から許都のあたりで黄河を挟んでの対陣となり、総力戦となると読んでおる」
信長は静かに相づちを打ちながら、真剣な眼差しで聞いている。
「そこで信長殿には……汝南を任せてあるのに申し訳ないのだが、袁紹との戦いに参加して貰いたい」
「それは構わぬが、我らとて将、兵が不足気味じゃ」
「そこだ。まず利政とともに劉備残党や在野の士を集めてもらいたい。勿論兵はそのまま信長殿が雇えば良いし、士も貴殿の麾下で良かろう。資金の援助も勿論致す」
「やれやれ。時間もさしてあるまい。明日より取りかかろう」
「うむ。ある程度将兵が集まったら、その軍を率いて、この徐州の北の青州から袁紹を攻めてもらいたい」
「なるほど。陽動に我らを使おうということか」
「ふふ、さすがに聡いのう。だが袁紹も兵を中原に集中しているため、この作戦はかなり有効であろう。その課程でもし劉備を見つけたら、劉備の抹殺も頼みたい」
「了承した。できる限りのことは協力致そう。だが切り取った袁紹領の幾ばくかは、我らの取り分として貰い受けるぞ」
「いやいや、袁紹領では飛び地の管理になるゆえ徐州と青州の一部の統治を認めよう」
草木も寝静まる暗闇の中、二人の英雄の密談が進んでいた。