曹操が条件を認めねば、当然関羽も降ることはない。死ぬとわかっていても突撃することは目に見えている。
「関羽殿……」
張遼は関羽に声をかけたが、肩をぽんと叩かれ、その先は信長に遮られた。信長は踵を返し、退城を促すよう将たちに命じた。
関羽は張遼の近くに寄り、
「もしも。交渉がまとまらず、儂にもしものことがあった場合は、夫人らをよろしく頼む」
関羽は張遼に深々と頭を下げた。
自尊心の高い関羽が、今は休戦中だが、敵であるはずの張遼に対してである。
「信頼できる友人と思い……頼む」
関羽は頭を下げたまま再度張遼へ劉備夫人の安否を頼んだ。
「関羽殿、頭を上げてくだされ。わかり申した。だが、曹操様はまだ考えておる。けして早まったことはしないよう」
張遼は涙ぐんだ瞳を軽く拭うと、関羽の両手を取り、諭すように、静かに、だが熱く語りかけた。
信長はその二人の姿を遠目に、城を後にした。
「曹操に密書を送る。関羽の条件を一旦引き受けて、戦場で手柄が挙げられないよう対処し、関羽の心変わりを待つべし、と」
信長は歩きながら半兵衛に伝えた。
関羽と張遼。信長は敵でありながら友誼を深めあえている彼らを羨ましくも感じていた。
「曹操様、信長殿より急使が」
曹操は渋い顔で衛兵から信長の書を受け取った。曖昧な返答に関羽が心変わりしたか、と不安が胸をよぎる。
受け取った書を開き、目を通すと、曹操は苦笑いした。
「どうされましたか?」
郭嘉が尋ねた。
「信長が関羽の条件を認めてしまえと言ってきておる」
「しかし、あの条件は……」
「まあ待て」
曹操は郭嘉の言わんとしていることを制止した。
「条件を認め、関羽が降伏したのちのことは儂次第。今の状況では関羽は降伏せず、戦いにて命を散らすことになろう、と」
「なるほど、一旦降伏を認めてしまえば、あとはこちらのやりようということですな」
「うむ。劉備を殺すか捕らえるかしてしまえれば一番良いのだがな」
「関羽に手柄を挙げさせぬのも手ですな。義理堅い関羽のこと、何もせず劉備の下へと立ち去ることはしますまい」
曹操と郭嘉は関羽降伏後の対策を練りながら進軍を続けた。
曹操の返書を携えた使者が信長の下に帰還した。
信長は書に目を通すと、すぐさま張遼を呼び寄せ、下邳城に向かい、関羽と面談した。
「曹操殿が条件を認めてくださったか。信長殿、張遼、お二方の尽力に感謝いたす。一時の恥を忍び、降伏するとしよう」
関羽はその大きな目に涙を湛え、信長と張遼の手を取った。
それから三日後、曹操の軍が下邳に到着した。
関羽は城門に白旗を掲げ開け放ち、平装のまま自ら門外に立ち、曹操を出迎えた。
曹操は張遼と郭嘉を伴い駆け寄り、馬から降りると関羽を抱擁するかのように慈しんだ。
「曹操殿、此度は私の我侭を聞いていただき、感謝いたします」
「うむ、貴君の働き、心より期待しておるぞ」
曹操は満面の笑みを浮かべ、関羽の肩をぽんと叩いた。そして振り向き、張遼に声を掛けた。
「張遼、そなたの働き見事であった。許都に戻り次第、恩賞を与えよう。今後、袁紹との戦いが始まる。厳しい戦いになるだろうが、より一層の働きを期待している」
曹操の言葉に張遼も満足げに微笑んだ。
「ところで信長殿は自陣におるのかな?」
曹操はもう一人の殊勲者である信長が見当たらないことに気づき、張遼に尋ねた。