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第20話

 曹操からの返事を待つ間、信長軍は下邳に逗留した。可成の怪我の様子も看なくてはならないし、それ以上に真冬の野宿は身に染みる。


 関羽も張遼も、未だに敵味方はっきりしない状況に鬱々とした表情で、口数も極端に少ない。


 突如関羽は青竜刀を手に、庭に出た。


 一人悩みを断ち切るかのように、ひたむきに青竜刀を振るう。


 その武技の華麗さに信忠は見惚れていた。戦国の世でも、あれほど美しく力強い武技は見たことがない。


 信忠は槍を手に取り、庭へ向かった。好い機会だ、手合わせを望んだ。


「関羽殿、ひと合わせ所望いたす」


「うむ」


 関羽は短く承諾すると、信忠に向かって身構えた。


 信忠も礼をし、構える。


 先に動いたのは信忠。


 間合いを一気に詰め、槍を左から右へと薙払う。


「うむ、良い払いだ。突いてこなかったのは正解ぞ」


 そう言いながらも関羽はいとも簡単に受け止める。


 信忠はその止めた衝撃を利用し、勢いよく反転、右からの払いに攻撃を展開しようとした。


「甘い、隙が大き過ぎる」


 関羽は反転中の信忠に密着するように接近した。目標を失った槍が空を切る。


 それと同時に関羽の巨軀が信忠をぶちかました。信忠は到底こらえることなどできずに、吹き倒された。


「隙は死に繋がる。戦場であればここでそなたの命は終いだ。武芸は武人の嗜み、なれど戦はなりふり構ってはならん」


 関羽の教えを受け、信忠はすぐさま起き上がり、武器も持たず関羽の下半身へと突進した。


 関羽は踏ん張り、倒れはしなかったが、僅かなぐらつきを信忠は見逃さなかった。


 軸足を取り、さらに体をぐらつかせ、遂には関羽を地に倒した。そのまま馬乗りになり、どうだと言わんばかりの顔つきで関羽を見る。


「ふふふ、鼻っ柱の強い小僧じゃ。だがそれで良い。戦に花を咲かそうとするな。無様でも生き延びよ。大将ならば尚のこと」


 関羽は信忠を仰ぎ見、諭す。そしてそれは自身にも当てはまることに笑いが止まらなかった。


 信忠は関羽から降り、手を差し伸べて起き上がらせた。


「ありがたきお教え、感謝いたす」


 周囲ではやんややんやと、関羽と信忠の手合わせを見て騒いでいる。


「なんの。いずれ馬を合わせ、共に戦おう」


 関羽は彼なりの最大の賛辞を信忠にかけた。


 そんなかりそめながらの平和が数日続いた。霜がうっすらと地面を覆い、寝具から起き出すのもつらく、まだ夜が明けきらない朝にその報は届いた。


「殿、曹操殿より返書が」


「ようやく届いたか」


 半兵衛は書を信長に手渡し、信長はそれを黙読した。


「半兵衛、すぐに皆を呼び集めよ」


 読み終えた信長は、集合を告げると奥の間へと戻った。


 半兵衛はすぐさま手分けし、主だった将を呼び集めた。


「皆、集まったようだな。曹操殿より使者が参った」


 がやがやとしたざわめきが場を支配する。


「関羽殿の降伏についてだが。漢への代理参内、劉備夫人の対応についてはなんの異もなく応諾とのこと。手柄をあげたら劉備の下へ……というのは、まだ考えあぐねている、とのことだ。そして曹操は今一軍を率いてこちらに向かっている。到着し次第返答する、と」


 信長が言葉を終えると、皆それぞれに声をあげだした。関羽は腕を組み、目を閉じ、思案している。


「信長殿、張遼。即刻この城を出ていただく。戦になるやもしれぬ。情を断ち切らねば……」


 関羽は目を見開くと、重い口調で名残惜しげに話しだした。

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