翌朝、信長、半兵衛、道三、張遼は下邳城へと向かった。
関羽は数名の部下と楼台に登り、信長一行を眺めていた。
「関羽様、曹軍の大将たちが集まる好機……」
「最後まで申すな。あれだけ堂々と来られて、騙し討ちなどできるものか。兄者の名声に傷がつく」
部下の献策を関羽はあっさりと退けると、関羽は楼台から降り、到着を待った。
信長たちは城内へ迎え入れられた。
「関羽殿、こちらが総大将の信長殿です」
張遼は関羽に信長を紹介した。
関羽は目を疑った。
目前にいる信長という男、雰囲気が曹操に似ている。
「貴殿が関羽殿か。此度の招き、嬉しく思うぞ」
狼狽気味の関羽に信長が語りかけた。
「時に関羽殿、先の戦の負傷はいかがか?」
「申し遅れた。私が城主の関雲長でござる。怪我の心配はご無用……」
関羽が言葉を止めた。途端に関羽から凄まじいほどの殺気が溢れんばかりに放たれだした。
信長が殺気の行方を探ると、そこには半兵衛がいた。
「こちらに控えるは我が軍の軍師、竹中半兵衛。貴殿の肩を貫いた男よ」
半兵衛は関羽の殺気混じりの視線から目を逸らさず、見返した。
そしてふと相好を崩した。
その嫌みのない笑顔に、関羽の殺気はそがれ、関羽も笑顔で応じる。
「さて、関羽殿。もはやこちらの用件はわかっておろう」
信長がやや間をおいて話しだした。
「降伏か。だがここで貴殿らを討つという方法もあるのだが?」
「ふん。義将と名高き貴殿が、そのような謀略を用いるとは思えんな」
関羽はふふと笑った。
「のう、関羽殿。一旦降らんか?例えここを抜けたとしても袁紹領までたどり着くことはできまいて」
道三が諭すように関羽を説得しだした。
「なんの。我が命に代えても、夫人たちはお届けする」
関羽は首を縦には振らない。
「強情さも天下逸品よな。どうじゃ関羽、我らが軍師の知恵を借りて見ぬか?のう半兵衛、その顔はなにやら良い考えがあるのだろう?」
半兵衛は自信に満ちた表情で頷いた。
一同半兵衛をじっと見つめている。
半兵衛は静かに口を開きだした。
「関羽殿の降伏に条件をつけましょう。まずは夫人たちの待遇、安全」
「当然だ。何人にも一指すら触れさせぬ」
「次に。幸いにも曹操殿の下には献帝がおります。そこで曹操殿に降るのではなく、漢朝に劉備殿の代理で参内。と」
「なるほど、それならば、義は欠かぬ」
「そして最後に。いくつかの手柄を挙げたら、劉備殿の下へ戻る。例えば……張遼殿、袁紹の麾下で名の知れた勇将は誰ですかな?」
突如話を振られた張遼は一瞬黙考した。
「まず名が挙がるのは
張遼はまだ続きがありそうだったが、半兵衛は話を続けた。
「顔良、文醜。その両将を斬ったら、という条件ではいかがか?」
「だが……それで曹操が納得するだろうか」
「その辺は確実とは申せないが、我らも手は尽くしましょう」
わずかばかりの沈黙が続き、張遼が口を開いた。
「最後の条件は、あまりにも都合良すぎではないだろうか。いくら曹操様が寛大でも納得するとは思えぬ。曹操様以下の諸将とて同じ考えではあるまいか。私とて納得しかねる」
張遼の言うことはもっともであった。
「張遼殿、伝えてみねばわかるまい。まず曹操殿に条件を提示してみてはどうか。駄目ならば再度考えれば良かろう」
信長の提案に半兵衛と道三は頷いた。
張遼は納得いかないまでも書状を認めて、曹操へ使者を送った。