「それより、可成殿の容態が心配だ」
半兵衛は関羽と戦い、著しく疲労した体に鞭打って立ち上がり、可成の下へと向かった。
可成は陣の最奥の木陰に横たわり、応急の治療を受けていた。
「がははは、半兵衛殿、ありゃ化けもんだなぁ」
可成は半兵衛が見舞いに来ると、時々苦痛に顔を歪めながらも、豪快に笑った。
「可成殿、怪我は?」
「なに、腕が折れただけよ。心配ないわ。して、関羽は?」
「火縄にて左肩を負傷したはずですが……」
半兵衛は先ほどの関羽の顔を思い浮かべた。痛みよりも怒りといった感情の顔つきであった。
「そうか。負傷したならば降る可能性が少し上がるかのう。これで関羽が無事なら、まさに無駄骨を折るところだったわい」
可成は自分の発した洒落がよほど気に入ったのか、再びがはは、と笑い出した。
「関羽様ご帰還」
城門が開き、関羽と兵たちが帰城した。
「なんだ、あの飛び道具は」
関羽が忌々しげに言った。
火薬を使う飛び道具で、雷鳴が轟いたかと思った瞬間に体がえぐれる。
咄嗟にかわしたから良かったものの、青竜刀をもひしゃげる破壊力だ。急所に当たれば命を落とすであろう。
これではいくら個々の武勇が優れていようと、全く関係ない。
だが、これで黄色地の旗の軍勢にはみだりに突っ込めないことがわかった。兵力が少なくても、その戦闘力は群を抜いている。
そうなると、北の張遼を抜くしかない。
関羽は左肩を再び押さえた。
張遼相手に、負傷しているだけでも不利なのに、さらに劉備の夫人を守りながら逃げ切るなど到底無理な話である。
「関羽様、曹操軍より使者が」
関羽の負傷はすでに敵に知れ渡っていることであろう。それを見越しての降伏勧告に違いあるま。
「追い返せ」
関羽は冷静に言った。
「しかし」
部下の言葉が続く。
「使者は曹操軍の張遼と利政殿でして……」
関羽の眉がぴくりと動いた。
「張遼と利政だと?」
敵軍の将と劉備軍の参謀という希有な組み合わせに驚いた。
「ならば、会わねばならぬな」
関羽はそう言うと立ち上がり、報告に来た部下を引き連れ、使者との話し合いに向かった。
関羽が着くと、張遼と利政が跪き深々と頭を下げた。
「利政殿。なぜ貴殿が曹操の軍使としてここにおるのか。劉備殿はいかがいたした?」
道三は関羽の質問に姿勢を正して答えた。
「劉備殿は無事袁紹領へ逃げ切った。儂は曹操軍の相手をしておったが、敗れ、降ったのじゃ」
「そうか、劉備殿を逃してくれたこと感謝いたす。だが……」
関羽の顔色が赤黒く変化していった。声も怒気を含んでいる。
「曹操に降り、生き長らえて、我をも降そうなどと不義もよいところではあるまいか」
道三は答えに窮した。
死んでも構わないと思っていたことなど、言い訳がましく、とても話す気にならない。
「利政殿を救ったのは私と、利政殿の婿である。優れた人材を無にする必要はなかろう」
関羽は声の方を向いた。
「呂布討伐時、殉じようとした私を救ったのが貴殿だ。それと同じように利政殿を救い、今また貴殿の窮地をなんとかしようとしておるだけだ」
今度は関羽が答えに窮した。張遼の言は正論であり、反論の余地はない。
「今この場でどうするかを決めることはない。明日、私と利政殿、そして利政殿の婿であり、此度の軍の総大将である信長殿と会談し、決めようではないか」
張遼は理詰めで関羽を説き伏せた。関羽もしぶしぶ承諾するよりなかった。