体勢を立て直そうとする関羽に、可成の追撃の一振りが頭上を襲う。
だが関羽は素早い身のこなしで頭上に青龍偃月刀を掲げ、両手でしっかりと支えて防いだ。
刹那、振り下ろされた勢いをそのまま可成に返し、弾き飛ばした。
朱槍は可成の体をも引きずるほど強烈に弾かれ、たまらず後方へと倒れ込む。
「森殿!」
可成を守るために数人の兵士たちが関羽の前に立ちはだかった。
「一騎打ちに水を差すか、どけ!」
関羽は怒鳴ると青龍偃月刀を真一文字に振るう。豆腐でも切るかのごとく、いとも容易く兵士たちは崩れ落ちた。
「うおぉぉぉ!」
その間に可成は立ち上がり、果敢に関羽に打ちかかっていった。だが油断を取り除いた関羽の相手にはならない。
あっさりと朱槍の乱撃止めると、青龍偃月刀を横に振るった。
可成は初撃はかわしたものの、返す刀で振られた攻撃は避けきれなかった。
幸い、刃ではなく峰打ちだったため斬られることはなかったが、受けた右腕は折れ、さらにその表現の正にそのまま吹き飛んだ。
「なかなか楽しませてもらった。だがここまでだな。死ね」
関羽は倒れ、苦痛に顔を歪める可成にゆっくりと近づくと、青龍偃月刀を振り上げた。
その時。突如、先の可成の打撃以上の衝撃が関羽の腕を襲った。
その凄まじい衝撃に青龍偃月刀を関羽が手放し、見れば刃の部分がひしゃげていた。
関羽は可成から目を離し、衝撃の方向を睨みつけた。
火縄銃が白煙をあげている。そこには射撃した竹中半兵衛の姿があった。
「貴様っ!」
関羽は勝負を邪魔した半兵衛へと歩み寄る。
半兵衛はすぐに次の火縄銃を兵士から受け取り、再び関羽へと向けた。
関羽は火縄銃を飛び道具と認識し、一気に距離を詰めるべく、駆け出した。
しかし、火縄銃は発射さえしてしまえば至近距離の方が殺傷能力が増す。とはいえ、見たことも聞いたこともない武器に、関羽もそこまでは気づかなかった。
関羽が近づく前に、半兵衛の火縄銃が火を吹いた。
関羽は野生の勘ともいうべき能力で咄嗟に急所は外したが、完全にかわしきることはできず、左肩に被弾した。
さすがの関羽も感じたことのない痛みと、至近距離の火縄の衝撃に後方へと吹き飛ばされた。
半兵衛はその隙に可成を回収し、後方へと下がらせた。
関羽が出血している左肩を押さえながらも立ち上がる。その関羽の周囲を部下の兵たちが取り囲む。
兵たちは鬼のような形相で、面妖な武器を持つ半兵衛を睨む関羽を、必死で守っていた。
半兵衛も照準を関羽へと合わせたまま、微動だにしない。
「……退くぞ」
関羽は兵たちに退却を告げると、馬に跨り、再度半兵衛を睨み、無言で去っていった。
関羽の兵たちは追撃を食い止めるべく、立ちはだかったまま。
半兵衛は火縄の構えを解くと関羽軍に、
「退かれよ、追い討ちなどせぬ。関羽殿に伝えよ、戦局は極めて不利。貴殿の戦死は曹操殿も劉備殿も望まぬ。一時の恥を受け入れるが上策、とな」
と、伝えた。
それを聞いた関羽軍はあっさりと撤退し、下邳へと戻っていった。
半兵衛は関羽軍の退却を見送ると、その場に力なく座り込んだ。
「ふぅ……あれが軍神関羽か、恐ろしいのう……」
大きなため息のあとに、誰に聞かすでもなく呟き、身震いした。
可成を救うべく、無我夢中で関羽に火縄を放ったが、その緊張感がなくなると、指や足が小刻みに震え、鎧の下は汗が噴き出してびっしょり。
まるで長距離を駆けたかのような疲労感であった。