関羽は歩兵隊を編成した。機動力を活かすなら騎馬なのだが、下邳脱出のためには無駄にできない。
関羽は南門に歩兵を集結させると、静かに出撃の合図を出す。
半兵衛は陣前に立ち、下邳城を仰ぎ見ていた。兵たちは可成の指示の下、簡易な柵を築いている。
関羽雲長。
三国志きっての英雄で、神格化されるほど民衆に人気のある男。曹操や張遼といった、敵対する側からも畏れられる存在。
この城に、その関羽がいる。
「関羽とはどのような御仁かのう」
背後からの声に半兵衛は振り向いた。
「可成殿。いやはや恥ずかしいことに呆けておりました」
「曹操に劉備に関羽、じゃからのう。まったく信長の殿と一緒におると、何があるかわからんからおもしろい」
「ところで、可成殿。殿もなにやら変わったと思いませぬか?」
「そうかのう……ん?半兵衛殿、話の腰を折って悪いが、下邳城の様子が」
半兵衛が下邳城を再び見ると、門が大きくきしみながらゆっくりと開いていく。
「可成殿、兵を配置に」
「承知。いよいよ関羽と顔合わせだな」
可成は一度武者震いをして、兵の指揮に移った。
門が完全に開ききると、威風堂々とした武将が姿を現した。
その武将は先頭に立ち、こちらをゆっくりと舐めまわすかのように、見定めている。
他の兵たちよりも一回り以上も大きく見える巨漢で、胸の下あたりまであろうかと思われる髭は見事。
右手には
そこにただ居るだけで特別な威圧感を感じる。
「あれが……関羽」
半兵衛ですら目を奪われた。何の気なしに嘆息が漏れる。
曹操や張遼が惚れるのも理解できる。
馬を並べて共に戦ってみたい、また彼を自分の指揮の下、自在に操り戦わせたい、そう想わせる魅力が溢れ出ているのだ。
関羽はじっくりと軍を進めてきた。半兵衛は我に返り、軍配を振り上げた。可成が鉄砲隊に構えの指示を出す。
関羽は歩みを停める気配はなく、ただただゆっくりと間合いを詰めてくる。
半兵衛が軍配を振り下げた。
「放て」
可成が大声で命じる。空気を切り裂く大量の矢が乱れ飛ぶ。
関羽軍の兵が数名倒れた。関羽は青龍偃月刀を旋回させ矢を防いだ。
「次っ、放てぃ」
弓隊が第二波の攻撃を放った。
関羽は馬を柄で打ち、単騎突進した。兵たちも矢をかわし、防ぎ、被害は最小限に抑えている。
関羽が迫る。その圧迫感に兵たちがすくむ。
「まずいな」
可成はつぶやくと愛用の朱槍を手に関羽に立ち向かっていった。
「可成殿」
半兵衛が可成の動きを目にするとすぐに、続けと、兵たちに指示した。
関羽は平然としたまま、半兵衛の陣の最前に立ちはだかった。
「関羽殿か?我が名は森可成、尋常に勝負せい」
可成は朱槍を構え、関羽に向けると地も割れんばかりに、声を張り上げた。
「いかにも、我が関雲長である。森可成?聞かぬ名だが…」
関羽は馬を降り、青龍偃月刀を振り回し威嚇する。
可成は体格に恵まれた方ではなく小柄であり、とても勝負になりそうもない、と関羽は感じた。
だが可成の一撃を受け止めて、間違いだと気づく。朱槍が関羽の胴目掛け振り払われま。
関羽はなんなく受け止めたが、その力強さは常人の比ではない。
その衝撃から一瞬左手に痺れが走り、踏ん張りが効かず、関羽は軽くよろめいた。