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第16話

 関羽は歩兵隊を編成した。機動力を活かすなら騎馬なのだが、下邳脱出のためには無駄にできない。


 関羽は南門に歩兵を集結させると、静かに出撃の合図を出す。




 半兵衛は陣前に立ち、下邳城を仰ぎ見ていた。兵たちは可成の指示の下、簡易な柵を築いている。


 関羽雲長。


 三国志きっての英雄で、神格化されるほど民衆に人気のある男。曹操や張遼といった、敵対する側からも畏れられる存在。


 この城に、その関羽がいる。


「関羽とはどのような御仁かのう」


 背後からの声に半兵衛は振り向いた。


「可成殿。いやはや恥ずかしいことに呆けておりました」


「曹操に劉備に関羽、じゃからのう。まったく信長の殿と一緒におると、何があるかわからんからおもしろい」


「ところで、可成殿。殿もなにやら変わったと思いませぬか?」


「そうかのう……ん?半兵衛殿、話の腰を折って悪いが、下邳城の様子が」


 半兵衛が下邳城を再び見ると、門が大きくきしみながらゆっくりと開いていく。


「可成殿、兵を配置に」


「承知。いよいよ関羽と顔合わせだな」


 可成は一度武者震いをして、兵の指揮に移った。


 門が完全に開ききると、威風堂々とした武将が姿を現した。


 その武将は先頭に立ち、こちらをゆっくりと舐めまわすかのように、見定めている。


 他の兵たちよりも一回り以上も大きく見える巨漢で、胸の下あたりまであろうかと思われる髭は見事。


 右手には青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうを持ち、刃が日の光に反射して神々しく輝いている。


 そこにただ居るだけで特別な威圧感を感じる。


「あれが……関羽」


 半兵衛ですら目を奪われた。何の気なしに嘆息が漏れる。


 曹操や張遼が惚れるのも理解できる。


 馬を並べて共に戦ってみたい、また彼を自分の指揮の下、自在に操り戦わせたい、そう想わせる魅力が溢れ出ているのだ。


 関羽はじっくりと軍を進めてきた。半兵衛は我に返り、軍配を振り上げた。可成が鉄砲隊に構えの指示を出す。


 関羽は歩みを停める気配はなく、ただただゆっくりと間合いを詰めてくる。


 半兵衛が軍配を振り下げた。


「放て」


 可成が大声で命じる。空気を切り裂く大量の矢が乱れ飛ぶ。


 関羽軍の兵が数名倒れた。関羽は青龍偃月刀を旋回させ矢を防いだ。


「次っ、放てぃ」


 弓隊が第二波の攻撃を放った。


 関羽は馬を柄で打ち、単騎突進した。兵たちも矢をかわし、防ぎ、被害は最小限に抑えている。


 関羽が迫る。その圧迫感に兵たちがすくむ。


「まずいな」


 可成はつぶやくと愛用の朱槍を手に関羽に立ち向かっていった。


「可成殿」


 半兵衛が可成の動きを目にするとすぐに、続けと、兵たちに指示した。


 関羽は平然としたまま、半兵衛の陣の最前に立ちはだかった。


「関羽殿か?我が名は森可成、尋常に勝負せい」


 可成は朱槍を構え、関羽に向けると地も割れんばかりに、声を張り上げた。


「いかにも、我が関雲長である。森可成?聞かぬ名だが…」


 関羽は馬を降り、青龍偃月刀を振り回し威嚇する。


 可成は体格に恵まれた方ではなく小柄であり、とても勝負になりそうもない、と関羽は感じた。


 だが可成の一撃を受け止めて、間違いだと気づく。朱槍が関羽の胴目掛け振り払われま。


 関羽はなんなく受け止めたが、その力強さは常人の比ではない。


 その衝撃から一瞬左手に痺れが走り、踏ん張りが効かず、関羽は軽くよろめいた。

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