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第15話

「そういう所も曹操様が気に入っているのであろうな。どのような条件でも降るつもりはないのか?」


「ない。張遼殿、儂も貴殿も生粋の武人じゃ。あとは武を持って語ろうぞ」


 関羽は張遼に宣戦すると、くるりと振り返り、城内へと戻っていった。


 張遼も振り返り、自陣へと戻った。すでに信長の軍勢が確認できる。


 信長軍は軍を分け、軍略通りに各門へと向かっていった。直に下邳城は完全に包囲されることになり、いかに関羽が優れた武勇を持っていても、簡単には突破できなくなる。おそらく何度かの小競り合いもあるだろう。


 そこで関羽を追いやり、突破を諦めさせれば説得する機が来よう、と張遼は再び下邳城を見つめながら思った。




 長兄が生きている。


 くるりと張遼に背を向けた関羽は、強がりはしたが、その目からは温かい雫がこぼれ落ちていた。


 関羽はそれを人知れず拭うと、その足で劉備夫人らの下へと向かった。


「ご夫人方。殿が無事逃げ延び、生きておいでとの知らせが」


 関羽の報告に、絹の幕を隔てた向こうから、夫人らのすすり泣く声が聞こえる。


「ご心配なされるな。この雲長、必ずや殿の下へお連れいたします」


「無理はなさいませぬよう」


 か細く、嗚咽の混じった声で、劉備夫人が返した。


 関羽は深く頭を下げ、夫人らの住まう部屋から退去すると、兵たちの動きがやけにあわただしい。


「何事か?」


 関羽はすぐそばを駆ける兵を呼び止めた。


「あ、関羽様。北門に続き、東門と西門にも曹操軍が着陣を。さらに南門も封鎖すべく、一軍移動中です」


 包囲作戦。

 関羽はすぐに馬舎へと駆け、目の前の馬に飛び乗ると、東から南、西と各門を回っていった。


 見覚えのない、というよりも見たことのない旗印が立ち並んでいた。


 黄色地に永楽という文字と、なにやら貨幣のようなものが描かれている。


「あれは誰の旗か?」


 関羽は従者に尋ねた。


 自身、つい数ヶ月前まで曹操軍と行動を共にしていたのだが、まったく見たことがない。従者もやはり見覚えがないと語った。


 新たに登用されたにしては、先陣に張遼を持ってくるくらいならば、かなり世に知れている人物でなければ考えられない。


 だがそのような高名な者が仕官したら、何かしら情報が伝わってくるはずだが、それもない。


 あれこれ考えたところで埒があかない。


 関羽は布陣を観察して歩いた。東と南の兵数が薄い。だが騎馬を止める柵を設置している。


 北は張遼の騎馬隊が布陣しているが一番兵力が厚い。


 西。こちらも旗印は黄色地。兵力は東、南よりは多いが、長年の戦陣暮らしからか、ここが一番突破しやすく思える。


 もちろん呼び込むための策である可能性も否めない。



 関羽は考慮した。得体の知れない、情報のない軍勢と戦うよりは、張遼を相手にする方がわかりやすい。


 無論、張遼とて関羽と互角に渡り合える豪の者。


たやすくは抜かせてくれないだろう。


 ましてや劉備の夫人らを守りながらの突破は困難を極める。


 それでも、と関羽は思い立ち、兵たちに出撃する旨を伝えた。


 兵たちはさらに慌ただしく動きはじめた。

関羽も夫人らに突破して劉備と合流する案を告げ、準備を促した。


 夫人らの準備が整うまで時間はまだある。

関羽は兵二百ほどを率いて、黄色地の旗印の軍勢を攻撃してみることにした。


 曹操と敵対する以上、いずれは矛を交える相手。戦力や出方を計るだけでも何らかの役には立とう。

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