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第14話

 道三はそう考えると肝を据えたのか、目つき顔つきが変わった。


「張遼殿、下邳に着いたら北門前に陣取ってくだされ。儂が西、東に信長殿、南に半兵衛。信長殿と半兵衛は火縄隊じゃ。出て来そうなら発砲して構わぬ。兵共には劉備が袁紹の下へ逃れたことを叫ばせよう」


 道三が発案した。


「良かろう」


 信長が同意し、半兵衛も目を閉じて小さく頷く。


「張遼殿はその後、関羽殿に矢文を打ち込み、会談を設けるよう呼びかける。会談で張遼殿、信長殿、儂で説得いたそう」


「承知いたした」


 張遼は重要な役を受け、緊張感が漂う。道三も満足げに笑みを浮かべると、景気づけに酒を口に含んだ。


 下邳城。城内外は緊急で改修されてあるが、まだ、先の呂布討伐戦の傷跡が痛々しい。


 関羽は呂布討伐戦は曹操とともに下邳城攻撃側であった。


 それが今は逆。


 関羽は星空を眺めながら、運命を感じていた。


 信義なぞ乱世に不要とばかりに、義理の父の丁原、董卓を裏切った虎狼の将。


 かたや、信義を貫き通し、苦境においても劉備を支え続けた義侠。


 性格は違えど、どちらも並ぶ者なしと言われる豪の者。


「ふふ。感傷に浸っておる場合ではないな」


 関羽は美髭公と呼ばれる由縁である自慢の長く黒い髭をいたわるように、ゆっくりしごきながら独り呟いた。


 夕刻、先日物見に出した兵からの報告があったのだ。


 劉備と曹操が戦闘したこと、劉備の消息は不明で、戦いは曹操に軍配があがったこと。そして、曹操軍がこの下邳に進軍中で先陣は張遼とのこと。


 許されるならば下邳など捨てて、劉備を探しに行きたいという焦燥に駆られた。


 だが、劉備に家族を頼まれた以上は、関羽の中では主君からの指命が優先となる。劉備を救いに家族とともに下邳を出たところで、とても守りきれるものではない。


 その結論が籠城であった。


 関羽は籠城を決めると、兵糧や水の確保に動き、また節約を兵に命じた。


 城の改修もしたかったが、そこまでの財源などない。ただただ城門を堅く閉じて守る。

あとは関羽の武勇、武名、武運といった不確かなものに賭けるしかない。


 その翌々朝、先陣である張遼の騎馬隊が下邳に着陣した。関羽は北門の櫓に立ち、張遼軍を見渡した。


 兵、騎馬ともに疲れは感じさせず、鋭気に満ち溢れていた。統制のとれた行軍は張遼の統率力の優秀さを表している。


 関羽は城門の真上へと移動し、仁王立ちし、張遼へ呼びかけた。


「これはこれは張遼殿ではないか。このような遠い地まで何をしに参られたか?酒でも用意致そうか?」


 城門上からはっきりと聞き取れるほどの大声量。笑い声はあげているが、目つきは真剣で吊り上がっている。


「やあ、関羽殿。残念ながら親交を深めに来たわけではないのだ。友人として貴殿に降伏を勧めに参った」


 張遼は単身、北門へと歩み寄り、関羽へ返答した。


「降伏だと?なぜ儂が曹操殿に屈さねばならんのか」


 張遼の勧告に関羽の表情が強張った。


「貴殿の主、劉備殿は貴殿を捨てて逃げだしたのだ。それでも劉備殿に忠を尽くすというのか?」


「殿は無事逃げ延びたか。知らせてくれたこと感謝するぞ、張遼殿」


 劉備の無事を聞いた関羽は、その目にうっすらと涙を浮かべた。


「我らは生死を共に、と誓った義兄弟だ。逃げたのも再起を志してのことに過ぎぬ。儂が変わらぬ忠誠を誓うのに、なんの問題があろう」


 関羽はそう叫ぶと、天を仰ぎ見た。


 聞きしに勝る関羽の強情ぶりに張遼はたじろぎ気味であった。



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