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第13話

「なにかな?信長殿」


 声の主は信長であった。曹操は歩を止め、信長を顧みた。


「その者の命、儂が預かろう」


 静まり返っていた場が一気にどよめいた。


「なぜだ?こやつは死を望んでおるのだぞ」


 曹操は訝しげに信長に尋ねた。


「まだ早い。下邳には関羽がおるのだろう?」


 まさしく、彭城より南方に位置する下邳城には、関羽が三千ほどの兵とともに、劉備の家族を守るため立て籠もっていた。


「曹操殿、利政と張遼殿をお借りしたい。関羽を降してみせよう」


 信長の言葉に曹操の心が動いた。曹操が関羽へ抱く感情は恋のようなもの。何が何でも自分の部下に欲しかった。


 みるみる曹操の顔が紅潮していき、まるで恋に焦がれる少女のようである。


「よかろう、関羽を見事降伏させてみよ」


 曹操はいとも簡単に承諾し、道三は解放され、信長の陣へと移送された。信長は張遼を伴い、出陣準備へと取りかかった。


「信長殿、利政殿のこと感謝いたす」


 張遼は信長に頭を下げた。


「あとで曹操殿にも話すが利政は儂の義理の父親よ。才覚も充分承知しておる。劉備に仕えていたからとて、みすみす殺させるわけにはいかぬ」


「なんと、義父殿でしたか。なんとか助けることができ、良かったですな」


 張遼は声を張り上げ驚き、そして我が事のように喜んだ。


「ところで張遼殿は関羽殿と知己であるとか?」


「はい。呂布殿滅亡の際に私も共に死罪となるはずでしたが、関羽殿に声を掛けられ、曹操軍の末席に加えていただくことになりました。以来良き戦友ですな」


 曹操だけではなく張遼も顔を赤らめた。英傑二人にここまで慕われる関羽に、信長も並々ならぬ興味を抱いた。


「そうか、では今回は張遼殿が関羽殿を救わねばならぬな」


 信長がそう言うと、張遼は当然とばかりに大きく頷いた。



 張遼はすぐさま自軍の兵を信長軍に編入し、信長を関羽攻略軍の大将として付き従った。


 先陣は張遼の騎馬隊が務め、信長軍が中核となる構えで進んだ。


 目指す下邳城は張遼が呂布とともに籠城した城。呂布討伐後改修されているが、構造は大きく変わることはない。


 であれば、下ヒ城を知り尽くしている張遼の先陣は適任であるといえる。


 それに寄せ手が知己の張遼であれば、信長が先陣に立つよりは少なくとも気を許すかも知れない。


 そう信長は考えた。


 信長は道すがら張遼、半兵衛、道三を呼び軍議を開いた。


「婿殿、張遼殿。すまぬ」


 集まると同時に道三が頭を下げた。


 劉備のために死すとも、という気持ちに偽りはない。それでも信長と張遼は道三の命を助けようと尽力してくれた。そのことに道三は感謝の意を示した。


「まあよい。儂にも目論見があるからのう」


 信長は大げさに笑った。張遼も釣られてにこりとしたが、いまいち要領を得ていない様子であった。


「ほう、目論見とは?」


 道三が問いかける。もちろん道三は目論見におぼろげながらも気づいていたが知らんふりをした。


「張遼殿とともに関羽を説得してみせよ」


 劉備陣営に在籍していて、関羽とも面識があるのだから、至極当然のこと。


 とはいえ、強情で頑固な関羽の説得は骨が折れる。下手をすれば曹操側に寝返ったか、と殺される可能性も否定できない。まさに命がけで説得をしなくてはいけないのだ。


「やれやれ、どうも儂らしくないわい」


 道三はぽつりと呟いた。


 劉備の下に戻り、支えたいという気持ちも少なからずあるし、こうして信長と帰蝶に出会った以上、信長に与力したい気持ちも強い。どっちつかずの気持ちを払拭するためにも関羽説得は都合良いのかも知れない。


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