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第12話

 信長の陣へ使いをし、大急ぎで帰ってきて、すぐさま戦闘。これでは老体でなくても疲れるであろう。


 道三はその疲労困憊な体から最後ともいえる力を振り絞り、張遼の心臓をめがけて槍を突きだした。


 それでも先ほどまでの勢いはなく、張遼は左手でいとも容易く槍を打ち払い、すかさず右に持つ長刀で穂先を砕き落とした。


「ふん、完敗じゃな」


 道三は悪びれもせず、素直に敗北を認めた。同様に配下の兵たちも武器を捨て、降伏していく。


「いや。戦は我らの勝ちだが、劉備を捕らえられなければ貴殿らの勝利だ。これも貴殿の戦略か?」


「戦略というほどのものではない。劉備殿さえ逃げのびれば 、かの仁徳の御仁じゃ。再起はいくらでもできよう……さあ無駄話はしまいじゃ、好きになさるがよい」


 道三は首を刎ねよ、と頭を垂れた。


 張遼はそんな道三の手を取り、


「頭を上げてくだされ。貴殿の知略と武勇は尊敬に値する。どうか曹操殿にお力添え願えないだろうか?」


と、逆に頭を下げた。


「今は何とも言えぬ」


 張遼は道三をとりあえずは捕虜として、だが礼を尽くして、従軍してもらうことにした。


 その頃信長は軍を進め、劉備主従を捕捉していた。捕捉とはいうが信長の放った物見に発見された程度で、道三の思惑通り、到底追いつくものではない。


 騎馬数騎を追撃させたが、主従の後方を走る劉備軍の騎馬隊が邪魔でどうにもならない。


「ふん、蝮の舅殿もやるもんよ」


 信長はにやつきながら独り言のようにつぶやき、さらに半兵衛に命を与えた。


「半兵衛、騎馬を呼び戻せ。曹操に合流する」


 信長軍は進軍を彭へと変更し、再び動きだす。


 半刻ほど進むと、北上している楽進隊と出会った。


 楽進隊は劉備軍歩兵千を蹴散らしてここまでたどり着いたとのことであった。


 信長は楽進に劉備がすでに逃亡したことを告げ、曹操本軍への案内を頼んだ。



 信長と楽進が曹操本軍の滞在する彭城へと到着した。劉備軍が慌ただしく逃げ去ったせいか、城内は散らばったままであり、逃げる民や怯える民で城下はごった返していた。


「曹操様、楽進軍と信長軍が帰陣いたしました」


「信長殿と楽進を呼べ」


 曹操は短く告げる。


 劉備を取り逃がしたことが不満であった。

張遼から聞いた所によると、劉備の軍師の利政により見事難を逃れたらしい。


 すぐに楽進、そして信長の順に曹操の待つ部屋に現れた。


「劉備の兵千に進軍を阻まれ、追いつけませんでした」


 楽進がまず報告する。やはり曹操の機嫌は芳しくない。白い能面のような顔が目だけやけに血走っている。


「小賢しい策よ。張遼、利政とやらをこれへ」


 信長は道三が捕らえられていることを知った。蝮とまで呼ばれた男が自らを犠牲にするほど劉備に惚れたのか、と心底驚いていた。


 利政が後ろ手に縛られ、曹操の前へと引き出された。利政は信長を目端で確認したが、素知らぬふりをし、曹操を睨みつけていた。


「おぬしが利政か。やってくれたのう。張遼がおぬしに心酔し助命を嘆願しているが……」


 曹操は怒りの中でも、有能な人材を得ようとする。張遼が認める軍才の持ち主ならばと尋ねてみた。


「姦雄に仕えるのはごめんじゃな」


 道三は一言そういうと首を刎ねよとうなだれた。


「ならば致し方ない。儂自らおぬしの命を断とう」


 曹操は腰の剣を抜き、ゆっくりと道三に近づいていった。


 張遼はなんとか助命したかったが、こうなってはもはや止める手だてがない。


「待たれよ」


 皆が一斉に声のする方を振り向いた。

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