「なんの、半減できただけでも儲けものじゃ」
事実、曹操軍の先陣は二千。半数ならば兵数では勝る。
そのうちに張遼の騎馬隊が目前まで迫ってきた。だが槍の壁は容易に突き崩せず、張遼軍の勢いは緩く弱くなっていく。
すかさず張遼の声が響く。
「背面と側面に回り込め」
指示を得た騎馬隊は、川の流れが岩にぶつかり二股に別れるように、なだらかに側面へと動きだした。
「槍を水平に構えよ、前方に突撃する。狙うは大将首じゃ」
張遼軍の動きを見た道三が兵たちに命じた。捨て身の攻撃のように見えるが、実際この場においては勝率を高める有効な手段であった。
前方の敵の騎馬隊が側面や背面に旋回すれば、自然と正面の敵兵の壁は薄れ、大将への守りが薄くなる。
兵たちは道三の指示に素早く行動を開始した。
密集した針の壁が張遼を襲う。
「なんだこの軍略は?後退せよ」
さすがに張遼も一旦下がるより手段が考えつかない。だが少し下がっても、槍の壁はすぐに追いつき、再び迫ってくる。
側面に回った騎馬隊が、大将の危機と攻撃を受けている張遼の周囲に集まってきた。
そのため、騎馬隊の行動範囲は狭められ、機動力を全く発揮できない状況となっていた。このままでは恰好の餌食。
道三も勝利を疑わなかった。
「散開」
張遼の怒号。
「逃がすか」
道三の雄叫び。
当然逃げるための号令だと思っていた。張遼とはこの程度か、と追撃の指示を出す。
だが、事態は一変する。張遼の軍勢がばらけたと同時に攻撃を仕掛けてくる。それも規則性や統率などなく各個自由に。
それに釣れられて、道三の軍勢もばらけ出した。優勢で勝利は手の中にあったはずであった。
糸がほどけるように道三軍の隊列は乱れ、各所で乱戦状態となっている。
「ん?劉備ではないな。貴殿がこの軍の大将か?」
張遼と道三が対峙した。
「いかにも。そういう貴殿は張遼殿じゃな」
「貴殿の軍略見事であった。潔く降伏されよ。けして粗末な扱いはせぬ」
「ふふ。張遼殿、貴殿の才を見誤っておったわ。だがまだ負けたわけではない。一騎打ちを所望する」
「よかろう」
張遼は馬から降り、偃月刀を構えた。道三も槍を張遼に向ける。
緊迫した空気。
周囲では兵が入り乱れて戦っている。
道三の額から汗が流れ落ちる。道三とて槍の腕には定評がある。年齢とともに体力や腕力は衰えたが、技術は向上し老練の域に達している。
だが、張遼は壮年の勇将。力も強いがそれ以上に技術が凄まじい。技の勝負なら曹軍随一と言っても過言ではない。
まず仕掛けたのは張遼であった。その膂力で偃月刀を豪快に振り下ろす。
道三は軽くいなし、お返しとばかりに槍の連撃を繰り出す。張遼は素早い身のこなしでかわす。
続けざまに道三の突きが急所を的確に狙ってくる。その技量は張遼ですら舌を巻いた。
張遼は偃月刀で弾き、右へ左へと攻撃を受け流す。
道三は尚も攻撃を続けるが、さすがに息が上がってきた様子だった。
張遼は防戦一方。しかしこれは作戦。
道三の知能と技能を惜しいと感じた張遼は、捕縛することを狙っていた。
敵、それも強敵と対峙し、真剣に戦う緊張感は体力も精神力も一時的に向上するが、極端な右肩下がりで急激な疲労感が襲う。
段々と道三の空振りが増え、肩で息をし始めた。