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第10話

 道三は知恵を絞り出して考えた。それもありとあらゆる対応策を考察しては考え直し、そぐわなければ消去するを繰り返す。


 そして一つの結論にたどり着いた頃、劉備の軍が視界に入った。


 馬も休みなく走り通したため、口から泡を吹き出し、限界間近。


 なんとかこらえてはいたが、道三が劉備軍に合流したと同時に脚は止まり、そのまま横たわった。


「利政殿が戻りました」


 劉備は報告が届くと、すぐに馬を戻し、利政の下へと急いだ。


 利政は兵に支えられ、ようやく歩いている様子である。


「利政殿」


 劉備が駆け寄ると、利政は息も絶え絶えに劉備に告げた。



「劉備殿、何も聞かず、急ぎ、家臣団を連れ、逃げ落ちなされ」


 劉備は利政の様子から、交渉の失敗と信長軍の進軍を読み取った。


「しかし、兵たちはどうするのだ?」


 利政は兵からもらった水を一気に飲み干しながら聞いていた。


「兵たちは儂が率い殿軍を務めますゆえ、一刻も早く袁紹殿の下へ」


「だが……」


 劉備は納得しておらず、利政も兵も捨て逃げ伸びるなどできない。そう続けたかったのであろう。


 利政はさすがは仁君、と口にはださずに思ったが、


「時間がない。張飛殿、劉備殿を引きずってでも逃れてくれ」


と、怒鳴った。


 さすがの張飛も利政の迫力に気圧され、劉備の馬のくつわを強引に引き出した。


 劉備と張飛が遠のいていく。劉備はその姿が見えなくなるまで、利政の方を振り向いていた。


 利政は騎兵二百に、劉備の後を追い後方に敵が迫ったら壁になるよう指示を与え、なおも兵力を半分に分け、劉備の後を追わせた。


 信長の軍は幸いにも騎馬が少ない。劉備や張飛が単身で逃げ出した以上、先回りすることは不可能に近いはず。


 劉備を補足したとて、二百の騎馬隊がその進軍を阻み、追従させた歩兵がさらに足止めをしてくれるだろう。


 残りの軍は曹操と直接ぶつかることになる。


 曹軍には劉備らが逃げ出したことを悟らせないため、曹操も使った軍旗の策を用いての足止め。


 兵数が少なく簡単に看破される可能性も考慮し、道三は劉備の残していった鎧を纏って、さも本人が居るかのごとく振る舞う。


 これらの戦術が道三の選んだ、劉備生存の策である。


 道三は残兵全てに槍を持つよう命じた。


 高速戦闘が曹操の狙いであるため、兵力に乏しい今は弓隊の効果などたかがしれているし、刀剣よりも柄の長い分、兵たちの騎馬に対する恐れも軽減できる。


 後方の小高い丘の先からはすでに土煙が見え始め、もはや小細工を弄する時間もない。



「前方に劉備軍、兵およそ千五百、劉備の軍旗が翻っております」


 張遼に報告が届く。


「こんなところにか?」


 初めに聞いた報告では、兵は三千であった。敗走する軍は兵が離散しやすい。とはいえ、半数は少なすぎる。


 またいかにも劉備がいるような素振りも怪しい。しかし確証は持てない。


「楽進殿、劉備はすでに先へと逃走しておるやもしれぬ。それがしは目前の軍を叩く。貴殿は軍を分け、別動隊を追ってくれ」


 張遼の指示に楽進率いる騎馬隊が道三率いる劉備軍を迂回する進路をとりだした。


 張遼自身は長刀を頭上高く振り上げ、劉備陣に突入しようしている。


「なんと……なんのためらいもなく、兵を分けたか」


 道三の思惑では曹軍先陣を一手に引き受け、少しでも長く、この場に釘付けにするはずであった。

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