「殿、失礼いたします。お客人がお見えです」
可成が声をかけ、幕へと入った。その客を一目見て、信長は目を疑った。
「もしや……義父殿か!」
「うむ。うつけの婿殿、久しいのぅ」
義理ではあるが互いに互いを認めあう親子ゆえ、この再会には双方心から喜んだ。
信長は蘭丸に帰蝶を呼びにいかせ、酒の用意をさせた。
「このような時代で再会するとは……これに控えるは
半兵衛は紹介され頭を下げた。
「ほう、そなたが。おぬしの
信長はそのやり取りをにやにやと眺めていた。
「蝮殿、半兵衛はわずか十数人にて
「ほう」
道三は自身の死後の話を聞き「ほう」と相づち打つのが口癖になっていたようだ。
「いやいや、あれは
半兵衛が謙遜する。
「
義龍は道三の息子であり、長良川の戦いで道三を討ち美濃の全権を握った男である。
昔話に花が咲くなか、質素では酒と肴が 運びこまれた。
「ときに婿殿。この時代にはなぜ参られた?」
道三は寒さをしのぐ熱い酒に舌包みを打ちながら尋ねた。
「蝮殿もご存知であろう、明智光秀じゃ。天下布武間近でやつめに裏切られたわ。その折りに聞こえた不思議な声に、日ノ本はおろか大陸までも制したいと答えたのだ」
信長は自身の死とその間際を笑いながら話した。その目には光秀に対する恨みなどは一切感じられない。
「あの光秀がのう……」
道三は脳裏に若かりし日の光秀の姿を思い浮かべていた。気品に満ち、芯の強い若者であった。
「父様!」
物思いに耽っていると、聞き慣れた柔らかな声が道三の耳を撫でた。
「帰蝶か」
しばらくぶりに見る娘は歳こそ重ね、熟年に達しているものの、面影は少女の頃のままであった。
父娘の会話はとめどなく、戦陣であるのを忘れるくらい微笑ましい。
たわいのない話が続き、信長は一度渋る帰蝶を退席させた。
帰蝶の足音が消えたと同時に、信長が話しだした。
「ところで蝮殿」
今までの和やかな空気が一変して引き締まった。信長の表情も真面目になっていた。
「劉備の老軍師利政とは蝮殿のことであろう?用向きはなんぞ?」
「うん?ばれておったか?」
「いや、利政という名を聞き、さらに蝮殿が現れたとなると、そうとしか思えぬ」
道三は崩していた足を戻し信長の正面を向き、両手を握り地に置き頭を下げて話しだした。
「いかにも。劉備殿に拾われ、参謀として臣下に加わっておる。今日来た用向きも信長殿と帰蝶に会いに参っただけではなく、劉備殿の使者として役割もある」
道三は話し方を使者としてのものに変え一気に言うと、ほぅとひと息つき再び話しだした。
「まずは劉備殿から伝言じゃ。幕下に加わって欲しい、もしくは袁紹領まで見逃して欲しい、と」
「寝返れと……無理であるな。どう贔屓目に見ても、利がなさすぎる」
道三は信長の言葉を目を閉じ、無言で聞き入れていた。
「寝返りが無理ならば見逃せ、というのも劉備に都合が良すぎる。いずれにせよ、我らと曹操の関係に亀裂が入るゆえ、承知できぬな」
信長は渋いとも険しいとも言える表情で話した。
「確かにのぅ。儂が信長殿の軍師でも同じ答えじゃな」
静かに口を開いた道三は至極当然とばかりに、さばさばと話した。