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第8話

「殿、失礼いたします。お客人がお見えです」


 可成が声をかけ、幕へと入った。その客を一目見て、信長は目を疑った。


「もしや……義父殿か!」


「うむ。うつけの婿殿、久しいのぅ」


 義理ではあるが互いに互いを認めあう親子ゆえ、この再会には双方心から喜んだ。


 信長は蘭丸に帰蝶を呼びにいかせ、酒の用意をさせた。


「このような時代で再会するとは……これに控えるは竹中重治たけなかしげはること竹中半兵衛だ」


 半兵衛は紹介され頭を下げた。長良川ながらがわの戦いで、齢十二にして竹中軍の大将を務めており、道三のことはかろうじて見覚えがある。


「ほう、そなたが。おぬしの父重元しげもとはたいそう出来の良い息子だと誉めておったわ」


信長はそのやり取りをにやにやと眺めていた。

「蝮殿、半兵衛はわずか十数人にて稲葉山いなばやまを落とした鬼謀の男ぞ」


「ほう」


 道三は自身の死後の話を聞き「ほう」と相づち打つのが口癖になっていたようだ。


「いやいや、あれは龍興たつおき殿の虚をついただけで……」


 半兵衛が謙遜する。


義龍よしたつの倅か……ふん」


 義龍は道三の息子であり、長良川の戦いで道三を討ち美濃の全権を握った男である。


 昔話に花が咲くなか、質素では酒と肴が 運びこまれた。


「ときに婿殿。この時代にはなぜ参られた?」


 道三は寒さをしのぐ熱い酒に舌包みを打ちながら尋ねた。


「蝮殿もご存知であろう、明智光秀じゃ。天下布武間近でやつめに裏切られたわ。その折りに聞こえた不思議な声に、日ノ本はおろか大陸までも制したいと答えたのだ」


 信長は自身の死とその間際を笑いながら話した。その目には光秀に対する恨みなどは一切感じられない。


「あの光秀がのう……」


 道三は脳裏に若かりし日の光秀の姿を思い浮かべていた。気品に満ち、芯の強い若者であった。


「父様!」


 物思いに耽っていると、聞き慣れた柔らかな声が道三の耳を撫でた。


「帰蝶か」


 しばらくぶりに見る娘は歳こそ重ね、熟年に達しているものの、面影は少女の頃のままであった。


 父娘の会話はとめどなく、戦陣であるのを忘れるくらい微笑ましい。


 たわいのない話が続き、信長は一度渋る帰蝶を退席させた。


 帰蝶の足音が消えたと同時に、信長が話しだした。


「ところで蝮殿」


 今までの和やかな空気が一変して引き締まった。信長の表情も真面目になっていた。


「劉備の老軍師利政とは蝮殿のことであろう?用向きはなんぞ?」


「うん?ばれておったか?」


「いや、利政という名を聞き、さらに蝮殿が現れたとなると、そうとしか思えぬ」


 道三は崩していた足を戻し信長の正面を向き、両手を握り地に置き頭を下げて話しだした。


「いかにも。劉備殿に拾われ、参謀として臣下に加わっておる。今日来た用向きも信長殿と帰蝶に会いに参っただけではなく、劉備殿の使者として役割もある」


 道三は話し方を使者としてのものに変え一気に言うと、ほぅとひと息つき再び話しだした。


「まずは劉備殿から伝言じゃ。幕下に加わって欲しい、もしくは袁紹領まで見逃して欲しい、と」


「寝返れと……無理であるな。どう贔屓目に見ても、利がなさすぎる」


 道三は信長の言葉を目を閉じ、無言で聞き入れていた。


「寝返りが無理ならば見逃せ、というのも劉備に都合が良すぎる。いずれにせよ、我らと曹操の関係に亀裂が入るゆえ、承知できぬな」


 信長は渋いとも険しいとも言える表情で話した。


「確かにのぅ。儂が信長殿の軍師でも同じ答えじゃな」


 静かに口を開いた道三は至極当然とばかりに、さばさばと話した。

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