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第7話

「もしものときは、この張飛様があの細首獲ってきてやる」


 張飛は鼻息を荒げた。


「いや、良い。利政は責任は取れないと言い残して行ったのだ。我らにできることは利政を信じ、調略がうまくいくのを祈りつつ、急ぎ北上するのみだ」


 利政は寒空の平野をただ一騎で信長の陣へと向かった。後ろから追跡してくる者はなく、劉備からの信頼を感じた。


 ほどなく信長の陣が見え、掲げてある木瓜の旗印が目に入った。


「おぉ……間違いなく織田木瓜じゃ」


 利政は馬の脚を強め、信長の陣へと急いだ。


 陣の入り口は兵士が固めていてよそ者は簡単に出入りできないようになっていた。


 利政は兵士に、信長とは旧知の仲だと伝えたが、当然怪しまれてなかなか通してもらえない。


 そのうちに騒ぎを聞きつけた蘭丸が駆けつけた。


「何を騒いでいるのだ?」


 蘭丸が問いただし、兵士が説明しはじめた途端に蘭丸の顔が険しくなった。


「貴殿、何者だ?信長様の旧知ならばまずは名を教えていただこう」


「やれやれ」


 利政は苦笑しながら続けた。


「儂は斎藤利政。道三のほうがわかりやすいかの。信長殿の妻、帰蝶の父じゃ」


「えっ!?」


 蘭丸は驚いた。


 蘭丸自身斎藤道三の名は知っているが、生まれる前に死んでいる人物だから、見たことも会ったこともない。


「どうじゃ、会わせてくれるな?」


 道三が陣内へ入ろうとした。


「ま、待て」


 蘭丸が再び呼び止める。


「斎藤利政……劉備の軍師利政とは貴殿のことではないのか?ならばいくら信長様の身内でも通せぬ」


「確かに劉備殿の参謀を勤めておるが……面倒な小僧じゃのぅ」


 道三は頑ななまでにも信長を守ろうとする蘭丸を苦笑いしながらも嬉しく、また頼もしく思った。


「蘭丸、何をしておる?」


 そこへ蘭丸の父、可成が通りかかった。


「父上。こちらの方が信長様に会いたいと」


「ん?……まさか?ど、道三公!?お久しゅうございます」


 肝の据わった武人である可成も、さすがに驚いた。


「おぅ、森殿。貴殿もこちらに来ておったか」


 道三が美濃の大名であったころ、信長配下の猛将といえば柴田勝家と森可成が有名であった。


 それにそもそも織田以前は美濃みの土岐とき家に仕えていたので、当然道三も覚えていた。


「この童、そなたの息子であったか。外見は貴殿に似ず美麗だが、逞しさは継いでおるのぅ。頼もしいことよ」


 道三は大いに笑った。


「ありがとうございます。しかし道三公はどのような用件で参ったのでしょうか?」


 蘭丸は褒められたことには素直に礼をしたが、やはり敵の下から来たことを訝しく思っていた。


「蘭、正室の父御であるぞ」


 可成は何を言っているのか、と蘭丸を制そうとした。


「しかし父上。道三公は劉備の参謀でもある」


「なんと!」


 蘭丸の返答に可成は再び驚いた。


「まあ待て。儂も信用がないのはわかっておる。心配ならば両手を縛っても構わぬ。信長殿に会わせてくれ」


 道三は可成と蘭丸に頭をさげ、森父子は顔を見合わせた。


「蘭、儂がすべての責任を取るゆえ、道三公を通してくれ」


 今度は可成が蘭丸に頭をさげた。ここまでされたらもはや何も言えない。


「承知しました。ですが不審な行動があった場合容赦はしませんぞ」


「わかった、わかった」


 蘭丸の篤い忠心に道三は感心した。


 そして可成、道三、蘭丸の順に並んで歩き、信長の幕へと到着した。

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