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第6話

 蘭丸は劉備陣営の兵力、配置や先の劉岱、王忠と劉備の戦いの様子をつぶさに答えた。


 さすがに詳細まではわからないが、関羽は劉備と別行動で下邳に籠城していること、利政という老軍師が劉備に助言していることなども突き止めていた。



「蘭、よう調べて参った。それにひきかえ……王忠を呼べ」


 信長の顔が怒気を含んだものに変化した。


 王忠は信長が怒声が聞こえたのか、膝をがくがくと震わせ怯えていた。


 信長の顔を見ずに下を向いて歩き、信長の前に跪いた。新しい衣服の膝に土がつく。


「王忠」


 信長の声は前に聞いたのとは違い冷淡で、その威圧感に王忠はびくっとした。


「敗れて帰ってきた割には、綺麗な服をきておるのう。劉備にも媚びを売ったか?兵や物見からはその方の戦いぶり、よう聴いておった。とんだ臆病者よ」


 信長の一言一句が鋭い刃となって胸の奥に突き刺さる。


 青ざめた顔でしばしの沈黙し、ようやく王忠が口を開いた。


「いや、兵どもが全くこちらの指示に従わず……」


「責任を兵になすりつけるか。戦っても当て馬にすらならぬ役立たず。斬り捨てよ」


 王忠の言いわけがましい言葉が信長の癇にさわった。信長は王忠の言葉を遮り叱責し、さらに、周囲の者に強く命じた。


 半兵衛も蘭丸もさすがにそれは不味い、と押し留めた。


 曹操麾下の将であるため、勝手な処罰をして同盟関係に亀裂が入るのを恐れたためである。


 だが信長の腹の虫は収まらない。


「王忠の服を剥ぎ取り、劉備に屈しましたと腹に書いて、曹操の下へ送り返せ」


 これが最大の譲歩であった。


 信長は部下に命じ王忠を縛り腹に文字を書き付けると、そのまま沛城の曹操軍へ引き渡した。


 この後、王忠は怠慢での敗戦を理由に曹操から追放され、劉岱は呆気なく敗れたため信長の陣には帰ることをせず、そのまま許昌へ帰還したが、その責を問われ処刑されることになる。




 その頃劉備軍は利政の案に従い、北上を続けていた。平野で遮蔽物がなく、一月という真冬の寒風吹きすさぶ中での行軍は肌身に染みる。


 そのため戦勝後とはいえさほど士気は上がらず、黙々と袁紹領の青州せいしゅうを目指していた。


 その中でも利政はなおさら静かで、何か考え事をしているようであった。


「利政、先の劉岱の話を聞いてから様子がおかしいぞ」


 劉備は気になり、声をかけた。


 織田信長を知っている利政は説明に困った。この時代に聞くはずのない名前である。

だが旗印も一緒である以上別人とは考えられない。


 利政同様にこの時代に突如現れたのであろう。


 なんと説明して良いものか、説明したところで理解してもらえるのか、信長と利政の関係を知っても理解してもらえるのかという様々な疑問と、信長に会いたいという希望が頭の中を駆け巡る。


 そして意を決した。



「劉備殿。沛軍の大将は儂の婿じゃ」


「なんと!?」


「遥か以前に袂を分かって以来じゃ」


「婿殿と戦うのは、さすがに忍びないであろう。我らに味方するよう説得はできぬか?もしくは見逃すよう交渉できないだろうか?」


「……期待はせん方が良いのぅ」


 劉備はそれでもやってみて欲しい、そう懇願するような瞳で利政に訴えた。


「やれやれ、何があっても責任はとれぬぞ」


 利政は致し方ないといった感じで話した。


 だが内心では信長に再会できることに欣喜雀躍としていた。


 利政は手早く身支度を整え、信長の陣へと向かった。


「殿、行かせて良かったのですか?」


利政を見送る劉備に、配下の孫乾そんけん糜竺びじくが心配そうにささやいた。


 利政が劉備に仕えてからまだ日も浅く、寝返る可能性も否定できない。それどころか曹操の間諜である可能性すらあるのだ。

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