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第5話

 劉岱は陣前に出た。


「王忠め、何をしておるのだ」


 先発の王忠軍に対し不満を漏らす。


 下手を打てば昇進の機会を逃すと強く怒り、罵ってやろうと思っていた。


 点が徐々に人の姿になり、劉岱はようやく気づいた。


 慌てて「敵だ」と叫ぶが慢心している劉岱の軍ではすぐ反応できずおろおろとするばかり。


 それを見て劉岱は兵の陰に隠れながら、我先にと逃げ出した。


 なにせ、以前張飛と呂布の一騎打ちを目にしており、双方の人間離れした戦いぶりは脳裏に焼き付いている。


 とても劉岱がかなうものではないし、反撃すらできないであろうことも知っていた。


 大将が配下を見捨てた状態な上に張飛が突っ込んできたため、軍の混乱は拍車がかかった。


 そんな中でも張飛は劉岱を見失わなかった。後頭部をしっかりと見据え、愛用している蛇矛の柄先で打った。


 突然の出来事に何が起こったとか理解出来ず、劉岱は前のめりに倒れた。


 その上、逃げ惑う兵士たちの中で倒れ込んだため、幾度となく踏みつけられ、気を失った。


 張飛は悠々と馬から降り、劉岱を担ぎ上げると、劉備の下へと戻っていった。




「義兄、土産だ」


 張飛は劉備に得意げに誇った。張飛の後方には劉岱と王忠が縄で縛られ、連れられていた。


 劉備と利政はそんな張飛を見て苦笑いするしかなかった。出鼻を挫くはずが、張飛がたった五百の兵で劉岱と王忠の軍三千を壊滅させてしまったのだから。


「益徳、ご苦労であった」


 劉備は張飛をねぎらうと、部下の兵士に両将の縄を解くよう命じた。


「劉岱殿、王忠殿」


 劉備は礼を示すと両将の手を取り、涙ながらに訴えた。


「私は曹操殿に反旗を翻すつもりなど毛頭ない。どうかお二方の忠言でとりなしてもらえないか」


 劉岱と王忠は下手にでる劉備に気を良くしたのか、それとも後方に控える張飛が恐ろしいのか、賤しい笑いとも作り笑いとも見える表情で了承した。


 さらに劉備は新しい衣服を与え、沛近辺まで送り届けるよう兵に命じた。


 去り際に利政は沛の軍のことを尋ねた。劉岱が口を開く。


「機密ゆえ詳しくは話せぬ。だが礼代わりだ。出自は知らぬが、織田信長と申しておった。曹操様の同盟軍だ」


ー沛、信長の陣ー


 信長の陣には劉岱、王忠の兵士が続々と逃れてきていた。


 信長は兵に軽い休養と沛城から支給されている食事を与えると軍に編入して、気を引き締めさせた。これにより信長の軍は三千近くまで膨れ上がった。


「敗れるのはわかっていたが、これほど早くとは……」


 信長は呆れ果てた。


 傷ついた兵がかなり少ない上に劉岱、王忠がいともたやすく捕らえられたと敗残兵から報告があった。


 信長は陣を固めるよう再度、配下に命じた。信長の軍さえ崩れなければ、劉備の後方から曹操が軍を率いてきているため挟み討ちにできる。


「信長様、蘭丸殿と王忠殿が戻りました」


 そこへ物見の兵から報告があった。


「蘭を呼べ。王忠は待たせておけ」


 ようやく蘭丸が情報収集を終え戻ってきた。


「お待たせしました」


 あどけない顔の蘭丸が、お世辞にも綺麗とは言えない格好で姿を現した。


「おう、どうであった?」


 先陣の両将の不甲斐なさに不機嫌気味であった信長は、蘭丸を見るとにこりと微笑みを浮かべ、問いかけた。

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