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第1話

 広大な緑地が続く。黄河は対岸が見えず、まるで海のようだ。


 日本に生まれ日本で育った信長たちにはこの風景が珍しく、軍事行動の割りには緊張感の欠けた行軍であった。


(劉備、関羽、張飛か)


 三国志演義では言わずと知れた善玉の主役たちである。


 まだ見ぬ主役たちの容姿や振る舞いを馬上で想像しながら信長たちは徐州を目指す。


 まもなく徐州へとかかろうとする地域でありながら、曹操の政治が行き届いているのか、賊の横行がなく、領民たちがのんびりと過ごしているのが垣間見えた。


 ふと気付くと劉岱と王忠の軍が行軍を停めていた。徐州へ入る前の休憩といったところであろう。


 信長の下に劉岱からの伝令がやってきた。軍議したいとのことであった。


 信長は了承し、兵を休め、半兵衛と可成を伴い劉岱の陣へ向かった。


「信長殿、ご苦労である」


 劉岱は以前、袞州刺史えんしゅうししという州の長官をつとめていて、そのためか自尊心だけはやたらと高く、自分より低い地位の者には上から物を言う……と曹操に聞いていた。


「やや、信長殿。どうぞこちらへ」


 王忠である。こちらは有力者に媚びへつらうとのことだった。



 信長は曹操の言う通りだ、と呆れながらも建て前だけは丁重に挨拶をし、席についた。


「信長殿。こたびの戦は助力不要である。儂と王忠で充分に戦果を挙げれよう」


「ほう、頼もしい言葉だが何ゆえか?」


「ふん、劉備など戦下手で世に知れ渡っておる。旗揚げして間もないから統率も取れまい。軽く蹴散らしてくれるわ」


 王忠が相づちを打つ。


「わかり申した。我らは後方にて待機いたそう、では失礼いたす」


 信長はそういうと席を立ち外へ出、半兵衛と可成に声を掛け、自陣へ戻った。


「殿、ずいぶん早いですな。軍議はいかがでしたか?」


 半兵衛が信長に問いかけた。


「軍議ではないわ。劉備にはやつらであたるから手を出すな、と」


「ほう、ずいぶん自信があるよう

ですな」


「ふっ、劉備を甘く見すぎておるわ。そんな相手ならば曹操がわざわざ自身で兵を率いてくるまい」


「功を焦っているのでしょうな」


「それじゃあやつら、負けますなぁ」


 話を聞いていた可成がぼそりと呟いた。


「可成、ぬしが将ならば安泰よの」


「がはは、殿や半兵衛殿が相手ならとてもかないませんがな」


「ふふ。なんにせよ、手出し無用と言われた以上無駄な戦をする必要はあるまい。蘭の情報と曹操本隊を待つとしよう」


 信長たちは帰陣し、現地での滞在が長めになるため、陣の防備を固くするよう皆に伝えた。


 しばらくすると王忠を先陣とした劉岱の軍が動き、徐州との境界をゆるりと越えていった。


 行軍する兵は緩慢で、率いる将も油断しているように見受けられる。


 兵法書にも、


『兵は神速を尊ぶ』


『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』


と書かれている。


 もちろん兵法書通りにすれば勝てるというわけではない。それでも今までの歴史上、信長がいた時代を含めあの様な軍は間違いなく惨敗していた。


 それを信長たちは感じとっていた。信長は防備を固めている兵たちに敗走兵が来たら迎え入れるようにと念を押し伝えた。


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