「有り難きお言葉、恐悦至極にございます。本日は帝に紹介したい御仁がおり、お連れ致しました。こちらはこの度新たに我が盟友となった織田信長殿でござる」
「織田信長でございます」
信長の雰囲気に曹操と同じものを感じた献帝は冷や汗が止まらなかった。
「信長殿。そんな険しい目をしては……陛下が怖がっておられる」
曹操はくくっと噛み殺したように笑った。
「それはそれは申し訳ござらぬ」
信長は帝の怯えと曹操に耳打ちされたことを比較し、なんとなく陰謀めいたことを皇帝が企んでいて、それが曹操側に発覚していること察していた。
よほど曹操を恐れているのだろう、階下からも小刻みにと震えているのが見てとれる。
「の、の、信長と申すか、漢朝のため曹操を助けてやってくだされ」
信長は献帝の怖がり具合と言葉遣いのおかしさに、いささか憐れみすら感じていたが、
らしくもないな、とすぐに打ち消した。
「ところで、陛下。陛下の敬愛する劉備が謀叛なさいましたぞ」
「な、なに?」
「袁術討伐後帰って来ないと思っていたら徐州にて旗揚げしました。漢朝としてはこれを野放しにできぬゆえ、信長殿にも同行願い、これを討ちます。ご異存はござらぬな?」
「り、劉備は朕(ちん)の……」
曹操は献帝の言葉を遮り、
「親族だからといって謀叛を見逃すのか」
と、強く言い放った。
「………………受理する」
献帝はもはや反論もできず、蚊の泣くようなか細い声で劉備討伐を認めるのが精一杯であった。
曹操と信長は再び一礼して皇帝の間を退出し、曹操の執政室に主だった将を呼び寄せ軍議を始めた。
「まず劉備討伐だが。
「しばしお待ちを」
老練の軍師、程昱が言葉を挟んだ。
程昱は劉備が曹操の最大の敵となり得ると考え、曹操に降ってきた際には郭嘉とともに『暗殺してしまえ』と進言していて、袁術討伐に劉備を派遣することにも、必ず謀叛すると反対していた人物である。
「その両名では荷が重すぎるのではあるまいか?」
「うむ、だがそこが狙いでもある。この将らでも儂の軍旗があれば易々と仕掛けてくるまい。儂がいないと知り、仕掛けてくる頃には儂が着陣しておる」