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第1章 邂逅17

 つり上がった切れ長の瞳や、細身でやや小柄ではあるが曹操に物怖じしない堂々たる態度など、日本の戦国の世ならば小姓として愛されるであろうと信長に思わせるような美貌の男性であった。


「なるほど……同盟を選択されましたか。これはおめでたい。信長殿、よろしくお願いいたします。殿、頼もしいお方が味方になりましたな」


 この美丈夫が?と思わせるほど豪快に荀彧は笑った。


「さて信長殿。貴殿にはこれより昇殿し、帝にまみえてもらおうと思うが?」


「うむ。異存はない」


「では。荀攸じゅんゆう



 曹操が呼ぶと一人の男が一歩前へ出た。


 荀攸は曹操の軍師団の一人で、荀彧より年長ではあるが甥である。


 剛毅な性格で、寡黙ではあるがぼそりと語る的確な助言や戦術は曹操の信頼を得ていた。


「信長殿のご家臣を応接間へ案内し、接待いた」


 荀攸は静かに頷き、半兵衛らに声をかけ、応接間へと引き連れていった。


 曹操はそれを見届けると信長を連れ立って、二人で宮殿の奥へと歩いていった。


「信長殿、早速で申し訳ないが明日徐州じょしゅうの劉備に軍を出す。率いる武将はたいして取り柄のない男だが、私の軍旗を貸せば多少なりとも劉備を牽制できよう。信長殿には途中まで同行願いたい。少しでも兵を多く見せたいのだ」


「劉備か。であれば同盟の手土産に我らも徐州の劉備攻撃に加わろう」



「まことか?それは助かるが……」


 曹操はそこまで言うと、信長の耳元に口を近づけ、漏れぬようぼそぼそと話した。


「すまぬ、宮殿内には私の失脚を狙う輩が多いのでな……かなり高い可能性で袁紹は動かぬであろうから、間を置かず私もすぐ本隊を引き連れて徐州へ向かう。まずは速攻で劉備を撃破したい」


 信長は軽く頷いた。確かに四面楚歌の現状、迅速な各個撃破は有効な手段であった。


 しかも最大勢力の袁紹が動かないとなればなおのことである。


 曹操と信長は談笑しながらさらに奥へ進んだ。皇帝の間の前に着くと二人は腰の剣を外し、護衛兵に渡した。


 曹操の先導で赤い絨毯を歩き進む。絨毯の先には階段があり、視線を上へと向けると玉座に座る青年がいた。


 青白い顔のこの青年は、後の呼称で献帝けんていと呼ばれる漢朝最後の皇帝であった。


「陛下、ただいま戻りました」


 曹操は片膝をつき、帰還の挨拶をした。


「た、大義であった。無事の帰還嬉しく思う」


 献帝はおどおどした話し方で青白い顔が真っ青に見えるほど顔色が悪い。その態度といい、話し方といいとても普通とは思えない。



(何かしら秘め事があるようだな)


 それが信長の第一印象であった。


 事実この一年前に、献帝は叔父の董承とうしょうに『曹操誅すべし』の密詔を託していた。


 董承はその密詔を、当時呂布りょふに追われ、曹操を頼ってきた劉備に打ち明けたのだった。


 劉備は前漢の皇帝の一族の末裔を名乗っており、献帝からは叔父と呼ばれ、信を寄せられていた。


 だが計画が実行される前に劉備は袁術討伐を命じられ、許昌を離れてしまった上に、討伐後徐州に駐屯してしまったのだ。


 そして曹操誅殺計画は露顕し、董承以下協力者は皆捕縛、処刑されていた。

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