曹操は決断した。そうと決めたら行動は早い。
「郭嘉、織田信長に停戦及び会談の交渉をする。それから夏侯淵、楽進、張遼の部隊には兵を退くよう伝令を」
郭嘉はすぐさま各方面へ伝令を手配して送りだした。
同じ頃、許都の
現時点では中華最大の勢力である漢王朝の名家袁氏。
勇将智将が多く、兵力は四十万と世間では謳われていた。覇権を狙う曹操の強大な難敵である。
その袁紹が動いたのならば、一刻も早く兵をまとめ対袁紹に備えねばならない。
信長の下に曹操の使者が到着した。
「承知した」
信長は内心したり顔で使者に返答を、将たちには武装解除と停戦の旨を伝え、濃姫のいる本営へと兵を退くよう命じた。
兵たちは緊張感がほぐれたせいか安堵の表情を浮かべ、退陣準備を進めている。
信長は退陣の行軍を可成に任せ、馬に乗り一足先に本営へ戻り、すぐさま信忠を呼び寄せた。
「信忠。曹操との停戦が成った。儂はこれより曹操との会談に向かう。まさか姑息な手段は使うまいが、もしもの時はすべて任せたぞ」
信忠は顔を紅潮させ濃姫を見た。濃姫は微笑みながら頷いている。
「お任せを」
信忠の自信に満ちた声に、先の怒りなどまるでなかったかのように、目を細めて頷いた。
「では頼んだぞ」
そう言うと信長は、再び馬に跨り駆け戻っていった。
「半兵衛、参ろうか」
信長は半兵衛の姿を見つけるなり促した。
そもそも半兵衛が信長を待っていたのだが苦笑いするだけでおくびにもださない。
信長は火縄を一丁と弾丸数発を布に包み、それを丁重に持ち、曹操の陣へと向かった。
曹操の陣では曹操を始めとする幕僚たちが最大の礼儀で出迎えに出ていた。
曹操は信長の姿を目視すると幕僚を引き連れ、信長へと歩み寄った。
間近でまみえる両雄。
信長は布包みを半兵衛に渡し、空いた手で曹操に握手を求めた。
「織田信長でござる」
「張遼と楽進に聞いていた通りの御仁でありますな、信長殿。私が曹孟徳です」
曹操が信長の手を取り、固く握りあう。
その瞬間、長年の友人のようでもあり、天敵のような印象も受け、更には己自身のような、言葉では言い表せない不思議な感覚に包まれた。
曹操は夏侯淵と楽進と李典に兵を引き連れ許都へ戻り、荀彧の指示に従うよう命じた。
郭嘉許褚を除く諸将は信長に一礼をし、いそいそと去っていった。
「信長殿、一献いかがか?」
酒宴の申し出を受け、信長主従は曹操主従とともに曹操の幕舎へ向かった。
席につくなり、信長は曹操に頭を下げて謝罪した。
「夏侯惇殿のこと、申し訳ござらぬ」
「いや、戦場での出来事ゆえ気になさるな。惇とて戦場にいる以上は覚悟できておろう」
「かたじけない。これは夏侯惇殿に傷を負わせた、火縄銃という武器。弾丸に限りがあるゆえ多用はできぬが、貴殿に進呈いたす」
信長は布包みを開き、火縄銃を見せると曹操に手渡した。曹操は極秘事項と思われる武器を貰い驚いたが、それ以上にかなり興味を持った様子であった。
「あとで使い方をお教えしよう」
「ありがたい。しかし良いのか?この武器は信長殿の奥の手では?」