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第1章 邂逅12

 両軍による罵詈雑言の浴びせ合いが始まった。子供の喧嘩のようにも見えるが、これは合戦時の常套手段である。


 挑発されて陣形を崩してくれたら儲けもの程度ではあるが、血の気の多い若者には有効であったりもする。


「若殿、これしきの挑発に乗ってはいけませんぞ」


 若い信忠の憤り具合に危うさを感じた可成が落ち着かせようと留める。更に一際大音声での挑発が聞こえた。許褚だ。


「いかんいかん。若殿、あれには勝てんじゃろ、わははは」


 可成は更に信忠を和ませようとした。



「ふん」


 罵り合いの中、一騎の武将が曹操の脇を駆け抜けていった。


「!!」


「すまんな、孟徳」


 顔の左半分に包帯を巻いた男。豪壮華美な槍を手に信長軍の前へ駆けて行った。


「大将、織田信長!一騎打ちを所望する!」


 許褚に負けないくらいの声を張り上げ信長を名指しで呼びつけた。


 当然信長にもその声は聞こえていた。だが大将の一騎打ちなどあるはずがなく、信長は全く意に介さずにいた。


「ふはは!片目の儂が怖いのか?勝てぬか?ふん、とんだ腰抜けよ!」


 挑発はまだ続く。


「くっ……!うおぉぉぉぉ!」


 信忠が猛獣のような唸りを上げた。


「若殿!いかん!」


 可成の制止ももはや利かない。信忠は馬に跨り、隻眼の武将の下へと駆け出した。


「信忠戻れ!!弥助、信忠を留めよ!」


 信長はたまらず信忠を引き留めるために弥助を動かした。とはいえ間に合うはずもない。


 そこで同時に半兵衛にも伝令を出し、信忠のことを頼んだ。


「我は織田信長が嫡男、織田信忠なり!数々の侮辱許すまじ!」


「ふん、釣れたは小僧か。まあよい。左目の仇くらいにはなろう」


 男は槍を頭上で振り回し、名乗りを挙げた。


「我が名は夏侯惇、字は元譲。いざ参る」


 信忠は馬を勢い良くの走らせ、夏侯惇に向かって突進した。地をも砕かんとばかりの渾身の一撃をくらわそうと戟を大きく振り下ろした。



 夏侯惇は信忠の攻撃を槍の柄で受け止めようとしたかに見えた。だがその瞬間に柄を傾け、攻撃を受け流す。


 信忠の一撃は槍の柄を滑り、そのまま空を切り裂いた。勢いづいて空振りした信忠は体勢を崩し、落馬しそうになっていた。


 そこを見逃さず、夏侯惇の槍の柄が信忠の背部を叩きつける。


 信忠はいとも容易く馬から転げ落ちた。しかしふらつきながらも立ち上がり身構える。


 夏侯惇は馬を降り不用意に間合いを詰めた。


 いつしか両軍の罵声は止み、一騎打ちの行方を見守っている。弥助も最前まで出てきたものの、割って入れずにいた。


「うおぉぉぉぉ!」


「はあぁぁ!」


 若獅子と手負いの虎が互いに咆哮する。


 一気に間合いを詰め数合打ち合う。


 隻眼でもさすがに歴戦の猛者、全く崩れない。

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