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第1章 邂逅10

『李典殿


 曹操殿は明朝の倭人との会戦を決定した。先陣の張遼殿には倭人の気を引くよう撹乱せよと命じてある。


 貴殿は楽進殿と兵を二手に分け、倭人の後方を突くべし。


郭嘉』


 信忠が読み終わった直後、信長が口を開いた。


「半兵衛、なんぞ気になることがあるか?」


「はい。少しばかり尋問を。まずあなたの名を教えてくだされ」


「楽進」


楽進はぶっきらぼうに短く答えた。


「ほう、曹操麾下の勇将ですな。そのような方がこんな時間に、従者もなく使者とはいささか不自然ではござらぬか?」


「極秘任務である故」


「極秘のわりには随分と近くを通り抜けようとしましたな」


「一番近い距離である」


 さすがに半兵衛もこれは手ごわいと感じた。多くを語らず、表情にも現れない。


「ところで。極秘の策が漏れましたが?」


「死は覚悟の上」


 楽進の態度は全くぶれない。


「ふぅ。頑固というか忠に篤いというか」


 半兵衛はため息をつき、一呼吸おいた。


「しかしその頑な態度が謀略であることを表してますな」


 半兵衛はかまをかけ、楽進を見つめた。


 楽進は目を合わせ、何事もなかったかのように振る舞ってはいるか、微かに鼻頭に汗をかいている。


 看破されたと思ったのかもしれない、と半兵衛は信長に目配せをし、後の処遇を促した。


「信忠、楽進殿を上客として遇せよ」


 そう信忠に命じ、さらに楽進に話しかけた。


「楽進殿、ゆっくりして行くがよい。害を加えようとしない限りはここに居ようが帰陣しようが自由にして構わぬ」


 いかに楽進といえどこれには驚いた。斬るでも拘留するでもなく、信長軍に危害を加えなければ何をしてもよいと言うのだ。


(策がばれたのではないのか?


なぜ優遇されるのか?


何か魂胆があるのか?)


 様々な疑問が浮かんで来ては打ち消し、完全に困惑状態となっていた。


 優遇されながらも楽進は針の筵のような居心地を感じ、信長に曹操の許へ帰ることを申し出、それはいとも簡単に許された。


 困惑の楽進は何事なく、寧ろ見送られて曹操の陣へと戻った。


「曹操のいる本陣へ戻ったか。やはり偽書の策か」


 楽進を見送った信忠の報告を聞いた信長は、やはりかといった表情で話した。


「お見事ですな。いやはや私の出る幕がござらぬ」


 半兵衛が感嘆した。


「なんの。戦術ではお主に適わぬ。明日の陣立ては任せたぞ」


 昔の信長からは考えられない言葉だった。


 全幅の信頼を実感した半兵衛はより良い結果を残すことを決意した。

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