―信長軍―
斥候が白い旗を掲げる一騎を発見して叫ぶ。
「曹軍軍使確認しました!」
信長はいつもの戦時中の佇まいで、先程までの柔らかさは身を潜め、微動だにしないで曹操軍の来るであろう方角を眺めていた。
いくら曹操とて突如現れた軍団にいきなり襲いかかることはあるまい。様子を見るのは当然と言えば当然のこと。
「軍使を迎え入れよ。火縄以外は隠すことない。包み隠さず見聞させい」
数丁しかない火縄は隠すとはいえ、とても常識的とは言えない。敵になるやもしれぬ使者にこちらの手の内を見せることになるのだから。
しかし将兵達は驚くことがなかった。その大胆不敵さが織田信長と言う人物だと、皆が皆理解しているからだ。
軍使が陣内に通された。見るからに屈強で名のありそうな武将。物珍しげに、けれども慎重に信長の陣を見回す。
もちろん包み隠さず、と信長に言われているのだからそれに気づいても咎める者はいない。極々平時の振る舞いをしていた。
軍使が中陣に到着した。
礼にのっとり、片膝をつき目を伏せ敵意のないことを示すため、剣を左手前方に置き、右手を握り拳を地につけ待つ。
布の擦れる音と共に幕が開く。
そのまま信長が歩き出し、軍使の横を通り過ぎて床机に腰かけた。半兵衛も後に続き、信長の左後方に立つ。
「軍使殿、よう参った」
涼やかながら威厳のある声。だが軍使に緊張の色は見えないの。
「はっ。我が君、曹孟徳より文を」
「しかと。だが本当の目的は我が軍の偵察であろう?しかと見定めたか?」
「はっ。素晴らしき布陣かと」
肝が座っている。並の使者ならばこうもきっぱりと真意を答えられないだろうと、信長も感嘆した。
「軍使殿、面を上げよ」
使者は顔を上げ信長を真っ直ぐに見た。そしてはっ、と息を呑む。
切れ長の鋭く、全て見通してるかのような目、そして醸し出ている威圧感、雰囲気。
(似ている!殿に……)
「お主、名は?」
「
軍使は丁寧に答えた。その回答に今度は信長と半兵衛が驚愕した。
『遼来来』
信長にしろ半兵衛にしろまさかこれ程の武将が軍使として来陣するなど考えてもいなかった。
「張遼よ。曹操殿の文への返答じゃ。話し合いに応じよう。」
「確かに承りました。」
張遼は深々と礼をして立ち上がり堂々と歩いて去っていった。威風堂々。信長はその言葉のままの姿に感嘆して見送った。