信長の仕官請求に半兵衛は苦笑いしつつ答えた。
「あなたが私の主に相応しければ」
「うむ。お主の望まぬ主人であるならばいつでも去るが良い」
そう言うと信長は微笑んだ。
半兵衛は深い礼をして仕官することを表明し、
「では殿、後ほど」
と、信長のいる幕舎を出ていった。
半兵衛は幕舎を出つつ考えていた。以前は信長に強い嫌悪感を抱き仕官を拒み、秀吉の人懐こさに絆され、彼にならばと仕えた。
しかし今の信長には嫌悪感を抱くどころか、どこか好感が持てた。以前の厳しさ、性急さが感じられず、今まで見たことのない柔らかい表情は秀吉に勝るとも劣らない。
そんな半兵衛の元に若武者が駆け寄ってきた。
「竹中殿。父上は?」
信忠だ。
信忠も本能寺の変の際、二条城まで退いてその兵とともに本能寺へ向かうはずが秀満軍に包囲され、善戦したものの敗れ、自刃していた。
「はい。目を覚まされました。」
信忠の顔がみるみる紅潮していき、目に涙が溜まっていく。
「良かった……」
信忠は涙を拭い、幕舎へ向かおうとしたが半兵衛に御された。
「出て参るまでお待ちくだされ。」
信忠は素直に従った。
「信忠殿、皆を集めてくださらぬか?」
半兵衛の指示に頷き、皆を集めるべく行動を開始した。
その頃信長は幕舎で濃姫と話していた。
「濃よ、儂はまだ暴れ足りぬようじゃ。今までも幾度となく死線を越えてきたが……いや、一度は死んだが今度は大陸でまた大暴れしようと思う」
「はい」
「主には迷惑ばかりかけておるのう。」
「いえ、そのようなこと……。私もあなた様と再び生きていけること嬉しく思います。何も気になさらず思うがままに……それが織田信長でしょう」
世間的には不仲の夫婦と思われていた。
だが信長は困ったり不安な時は必ず濃の元へ立ち寄り、膝枕してもらい、他愛もない会話をして過ごしていた。
それで不安を除き、より強い織田信長となってまた戦場へと向かっていたのだ。
「ありがとう」
信長は素直に感謝し、しなやかで長い髪を撫で、濃の顔を両手でそっと包み込み口づけをした。
一方、皆を集めた半兵衛は信長が目覚めたことを伝えた。
当然ながら軍団の士気は高く、可成も嬉し泣きしていた。
そこへ偵察に出ていた蘭丸と貞勝も戻る。蘭丸は報告もできないぐらい号泣している。
代わって貞勝が偵察の報告を始めた。
「やや近くに城がありました。だが、地名まではわかりませぬ。人とも会いましたが……我らの姿を見て逃げていくばかり。狼藉はできぬ故……」
「そうですか。地名さえわかれば後世より参った我らならば、なんとかできそうなものですが……」
貞勝の報告に半兵衛は思案している。