信長は周りを見渡した。もはや立って戦っている者はわずか。無言で頷くと奥の間へ向かった。
蘭丸はその通路を塞ぐように立ちはだかり、利三と睨み合い、そして斬り合う。
信長は奥の間まで下がると、
「ここまでか……」
と、幸若を一舞した。
人間五十年……
下天の内をくらぶれば……
夢幻の如くなり……
信長は舞いながらも自身の手が震えていることに気づいた。
「ふふふ、ははは。死ぬのが怖いのか!」
恐怖している自分を笑い飛ばし、震える手を御しつつ、小刀を逆手に持ち身構える。
「道半ばではあるが楽しき人生であった……信忠よ。生き延び儂の夢、見事継いでみせい!さらばだ、」
小刀を腹部に突き立つ。火薬庫が爆発したのか大音が響き、地が揺れた。
この奥の間も火の手が相当回っている。だが熱さは感じない。身体の感覚もなくなり痛みも感じない。
目も見えず、耳も聞こえず。
「これが、死、か」
(……本当に楽しかったか?満足か?)
どこからとなく問いかける声が聞こえた。
「ああ、楽しかったのは間違いない。だが満足はしておらぬ!」
(満足できぬか。どうすれば満足できるか?)
「ふふふ!神か魔王かは知らぬが、異なことよ……儂の夢は日ノ本だけではなく、大陸をも統治することよ!それが叶えば満足できよう」
(お主はそれを強く望むか?)
「無論!生きておれば叶うはずの夢だ」
(お主の願い……聞き届けよう……)
その時、一筋の大きな大きな稲妻が本能寺に落ちた。半分以上が吹き飛び焼失するほどで明智兵も巻き込まれるほどであった。
「殿、一旦退避を」
蘭丸との戦いに打ち勝ち、燃え広がる境内から光秀の下へ戻った利三が提言する。
「しかし、信長の首を……首を獲らねば」
「今はまだ無理でござる」
これだけ燃えており、さらにまだ残った火薬が時折爆ぜる中、奥の間まで行くなど自殺行為でしかない。
「御屋形様とてもはや生きておりますまい。火勢が弱まってから探しましょう」
「……うむ。やむを得ないか」
光秀は利三に従い、部隊を下げた。
そして滴る雨が火を御していくと、一斉に信長の遺体を探させた。しかし、信長の遺体は見つかることなく、世に言う「本能寺の変」は終わりを告げた。