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序章 本能寺の変3

「貞勝!」


「大丈夫です!さあ、退きましょう」


「うむ。秀満!首は次回必ず頂く!全軍退くぞ、二条へ向かえ!」


 虎のような目つきで秀満を怒鳴りつけ、信忠と貞勝は退いていった。


 信忠隊の統制も見事なものである。退却の合図とともに一糸乱れず戦線を離脱していった。


「信忠様……」


 秀満はなんとも言えぬ表情を浮かべ、退却していく信忠とその軍勢を、その姿が見えなくなるまで見送った。


「……全軍進軍開始。目標は二条だ。光忠殿は兵を率い妙覚寺へ。そこで休まれよ。」


 秀満は負傷した光忠を妙覚寺守備隊として兵五百とともに残し、自身は残りの兵を率い信忠の後を追った。



―本能寺―


「蘭」


 寝床につき、眠っていたはずの信長が小姓の森蘭丸もりらんまるを呼ぶ。


「……はっ」 


 蘭丸はすっと障子を開け信長の傍に寄った。


「なんの騒ぎか。馬が嘶いておる。」


 信長の問い掛けとともに蘭丸は廊下に控える下足番に合図を出した。


「今調べて参ります故、しばらくお待ちを」


「うむ……蘭。具足を用意せよ。」


「はっ」


 長年の勘か、信長は戦の匂いを感じていた。蘭丸は何一つ疑問に思わず、信長の要望に応える。


 突如雷の如き銃声が響き渡った。


 そして本能寺外周に一斉に明智の旗印、水色桔梗みずいろききょうが翻る。


 「お、御屋形様!」


 蘭丸の声に信長はのそっと起き上がった。


「うむ。光秀か……相も変わらず手際のよい」


「ま、まさか惟任様が謀叛など……」


 狼狽している蘭丸を尻目に信長は立ち上がり、


「弓を持てぃ!」


と、叫ぶ。


 その声に蘭丸は冷静さを取り戻した。


「はっ」


蘭丸が弓を取りに立ち去る。すでに具足を身に着ける時間などない。


 信長は寝室に掲げてあった槍を手に部屋の外へゆっくりと出ていく。


 すでに戦いは始まっており、剣戟のぶつかり合う音や男女問わず悲鳴が響く。


 蘭丸が弓と矢を携え戻ってきた、と同時に本能寺境内に明智軍が雪崩込んだ。


「一番槍……ぐっ!」


 乗り込んできた兵の首に信長が放った矢が突き刺さる。


 兵は倒れ、後続の明智兵の勢いをほんの少し緩めた。


坊丸ぼうまる力丸りきまる弥助やすけ、参るぞ。」


 蘭丸は弟達と黒人武士に声を掛け明智軍に向かい、刀や槍を交わした。また一方では信長の正室帰蝶きちょうが女人衆を率い薙刀を振り回している。


 緩めた勢いはすでなく、明智軍は怒涛の波の如く。各方面で乱戦となっていた。


 本能寺に光秀本隊が到着したのか、明智軍の士気があがる。信長はそれを察し大声で叫んだ。


「光秀!天下は……天下は主にくれてやろう。儂の首、見事獲ってみせい!」


 その声は光秀に届いた。



(御屋形様……)


 無言のまま軍配を振るい、本能寺に火矢を射かける。雨のような矢が本能寺に降り注ぎ、各所で火災が発生し始めた。


 そして奮戦している信長の肘にも矢が突き刺さった。


「ふん」


 信長は不敵に笑い矢を抜き、弓を投げ捨てた。


「御屋形様、御首頂戴致す!」


「利三か」


 斎藤利三が信長に襲いかかった。


 が、その時、蘭丸が体ごと利三に突っ込む。


「御屋形様、奥へ!」

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