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第73魔:判断させてちょうだい

「では普津沢堕理雄君! ルーレットマン……間違えた、ガラガラを回してちょうだい!」

「懐かしいなルーレットマン!?」


 今の若い子は絶対知らないだろ!?

 いや、こんなことでいちいち心を揺さぶられるな普津沢堕理雄。

 こうやってこちらを動揺させるのも、キャリコの策略かもしれないんだ。

 その手には乗らない。

 今の俺に肝要なのは、ガラガラから『監禁対決』の玉が出るのを祈ることだけだ(既に冷静じゃない)。

 ままよ!

 俺は全神経を右腕に集中し、ガラガラを勢いよく回した。

 今回の試合には自分が出ると宣言した沙魔美も、玉の発射口を凝視している。

 程なくしてコロンという音と共に、ガラガラから玉が出てきた。

 逸る心臓を抑えながらその玉を拾うと、そこには――


 『料理』と書いてあった。


 料理!?

 またしてもジャジャーンという音と共に、前方のモニターに『料理』という文字が表示された。


「……」


 あれだけ自分が出ると豪語していた沙魔美は、その文字を見るなり、リアクションガイズのリアクション前みたいな顔になってしまった。


「……未来延さん、第二試合は、未来延さんが出てくれるかしら」


 ……。

 俺はもう、沙魔美の顔が見れなかった。


「え? 第二試合は沙魔美さんが出るって言ってませんでしたか?」

「…………いいのよ」


 もうやめて!

 とっくにポンコツ魔女のライフはゼロよ!


「まあ私は別に構いませんけど。でも、それを決めるのは監督である普津沢さんですからねー」

「いいや、今回は考えるまでもないよ未来延ちゃん。この勝負は、君にお願いしたい。いや、君じゃなきゃダメなんだ未来延ちゃん」

「アッハハー、まるでプロポーズの言葉みたいですねえ」

「あっ! そ、そういうつもりで言ったわけじゃないんだ……」

「わかってますよ、冗談ですって。……さて、監督にそこまで期待されちゃ応えないわけにはいきませんねー。久しぶりに本気出しちゃいますか」


 未来延ちゃんは心なしかいつもよりウキウキした様子で、腕まくりをした。

 頼もしいぜ。

 正直地球防衛軍の中で、頼もしさだけで言えば、未来延ちゃんがトップだと俺は思っている。

 未来延ちゃんが取り乱しているところを、俺は一度も見たことがない。

 心臓がヒヒイロカネで出来ているのかもしれないとさえ思う。

 これが服部半蔵の子孫としての素質なのか、未来延ちゃん個人の資質なのかは何とも言えないが、ただでさえ頼もしい未来延ちゃんが一番得意とする料理での対決になったのだから、これはもう、敗けるほうが難しいとさえ言えよう。

 ただ、先程の玉塚さん達の敗北の件もある。

 決して予断を許さない状況であるのは確かだが……。


「ンフフフ、第二試合は『料理』、か。じゃあここは当然、キャーサに出てもらうしかないわね」

「……はい」


 キャリコにキャーサと呼ばれて一歩前に出てきたのは、両手がデカいカニのハサミみたいになっている女だった。

 あいつが未来延ちゃんの相手か。

 むしろどちらかと言えば、カニは調理される側なんじゃないかと思うのだが……。

 それはそうと、あのキャーサって人がしゃべってるのを、初めて聞いたな(といっても、『はい』の一言だけだが)。

 無口なキャラなのかな?


「そして今回の試合会場はこちらよ!」


 キャリコがタッチパネルを操作すると、またしても水晶玉が一瞬だけ発光した。

 モニターを見ると、劇場の観客席はそのままに、ステージの部分だけが広大なキッチンに変化していた。

 つくづく便利な水晶玉だ。


「でもキャリコ、こんな急にステージがキッチンに変わったら、観客の人達が不審に思うんじゃないか?」

「ンフフフ、その点は心配ないわ普津沢堕理雄君。観客にはイリュージョンを交えた対決番組の収録と言ってあるから、大抵のことはテレビの演出だと思うはずよ」

「……抜かりないな」


 しかし観客の人達も、まさかこれが地球の命運を賭けた戦いの場だとは夢にも思うまいて。

 知らぬが仏とはこのことだな。


「さてと、じゃあ料理のテーマ食材なんだけど、そちらで好きな食材を指定していただいていいわよ、コックのお嬢さん」

「え? 私が決めちゃっていいんですか?」


 っ!

 ……随分余裕だな。


「ええ、キャーサはどんな食材でも絶品に仕上げる、超一流の料理人だからね」


 キャリコは無表情で佇むキャーサを、一瞥しながら言った。


「ほっほーう、それはそれは、お手を合わせるのが楽しみですねー。では、胸をお借りするつもりで、食材は私が決めさせていただきますかね。そうですね…………テーマ食材は、『カニ』でお願いします!」


 ニャッポリート!

 絶対君、キャーサの腕を見て決めただろ!?

 まあ、ただでさえカニは未来延ちゃんの一番の好物だし、目の前であんな大きなカニの腕を見せつけられたら、それを使いたくなってしまうのも無理はないのかもしれないが。

 ただ、未来延ちゃんに悪気はないのだろうが、テーマがカニだと、キャーサの立場から見ると共喰いしてるみたいになっちゃうけど、大丈夫かな?

 もちろんキャーサの腕がたまたまカニに似ているだけで、カニそのものなわけではないのだろうが。


「ンフフフ、了解よコックのお嬢さん。あなたもそれでいいわね? キャーサ」

「……はい」

「よし決まり。食材のカニは、全国津々浦々の一級品だけを食在庫に転送しておくから、好きに使ってちょうだい」

「ひゃっほー! ありがとうございますキャリコさん!」

「あ! キャリコ、一つだけいいか?」

「何かしら? 普津沢堕理雄君」

「今回の勝敗はどうやって決めるんだ? まさか、999人分の料理を作るわけにはいかないだろ?」

「ンフフフ、その点も心配はご無用よ。999人の中から、予め審査員を三人ランダムにチョイスしてあるわ。その審査員の得票数が多かったほうが勝ちということにしましょう」

「審査員?」

「あれを見て」

「え」


 キャリコに促された通りモニターを見ると、キッチンの前方に長机が一つと椅子が三つ置いてあり、その椅子に今まさに座ろうとしている三人の女性の姿があった。

 しかもその三人の女性は、三人とも俺が知っている人物だった。

 一人はご存知、B漫画家の諸星つきみ先生!

 一人は真衣ちゃんの高校の時の担任、生先いきざき押江おしえ先生!

 そしてもう一人は…………前に異世界に行った時に、たまたま俺達が助けた、村人のエーコさん!?(※29話参照)

 ニャニャッポリート!?!?

 諸星先生と生先先生はまだしも、なんでここにエーコさんがいるんだ!?


「……あのねお兄ちゃん、怒らないで聞いてくれる?」

「え、マヲちゃん?」


 どしたの急に?


「ああ、うん、怒らないよ。何かあったのかい? 言ってごらん」

「アタチがね、何度も異世界とこの世界を行き来してたら、ゲートが緩くなったみたいで、ガバガバになっちゃったの」

「ゲートがガバガバに!?」


 なんでちょっと卑猥な言い方したの!?

 今の絶対わざとだろ!?

 マヲちゃんはこう見えて、999歳だからな!


「そ、そうなんだ……。だからエーコさんも、そのガバガバゲートを通って、間違って肘川に来ちゃってたのかな?」

「うん、そうだと思う」

「そっか……」


 これはまた一つ、悩みの種が増えたな。

 その内このガバガバゲートが原因で、一悶着ありそうな気もする……。

 とはいえ、今ここでマヲちゃんを責めてもしょうがないことは確かだ。


「……状況はわかったよマヲちゃん。でも、この戦いが全部終わったら、ちゃんとエーコさんを異世界に帰してあげてね」

「うん!」

「ンフフフ、どうやらそちらにも何かと事情がおありのようね?」

「あ、いや、この試合に直接関係があることじゃないから、今はいいんだ」

「そう? では観客のみなさんもお待ちかねでしょうし、これより食戟を始めるといたしましょう!」


 食戟って言っちゃったよ!!

 いや、みんなが思ってたことだろうけども……。


「さあ、選手決定ボタンを押してちょうだい普津沢堕理雄君!」

「ああ。……頑張ってね、未来延ちゃん」

「はい、よろこんで!」

「……だからその居酒屋のノリはやめなさいって」


 まったく、つくづく頼もしいぜ。

 俺は端末で未来延ちゃんの顔を選択し、一呼吸置いてから決定ボタンを押した。




「さーて、どのカニを使いますかねー。オオ、流石キャリコさん! 本当に最高級のカニをご用意していただいてるじゃないですか!」


 キッチンに転送された未来延ちゃんは、食在庫に用意されているカニの大群を見るなり、感嘆の声を上げた。

 ちなみに今回はキッチンの至るところにカメラが設置してあるので、二人の調理風景は逐一モニターに表示されている。


「フンフンフフーン」


 未来延ちゃんはとても楽しそうに鼻歌を歌いながら、未来延ちゃんが一番好きなズワイガニを調理台の上に置いた。

 それから大きな寸胴鍋でお湯を沸かし始めた。

 どうやらまずは、ズワイガニを茹でるようだ。

 でも、俺はズワイガニって、茹でたものをそのまま食べるくらいしか食べ方を知らないんだけど、未来延ちゃんはここからあのカニを、どう調理していくつもりなのだろう?

 まあ、料理が素人の俺にそれがわかるわけもないので、今はじっと見守ろう。

 むしろ俺がさっきから気になっているのは、敵であるキャーサのことだった。

 どうやらキャーサは毛ガニを使うらしく、調理台の上に毛ガニを置いたところまではよかったのだが、ここから先の作業は、どう考えてもあの腕ではやりずらいだろう。

 包丁を握ることさえ至難の業かもしれない。

 いったいどうするつもりなのだろうか……。

 と、その時。


 スポッ


 という音と共に、キャーサは腕のカニのハサミを取り外した。

 えっ!?

 すると中から俺達と同じような、普通の人間ぽい腕が出てきた。

 えええっ!?!?!?

 あれ取り外せるのかよ!?

 じゃあ最初から付けておく意味ねーじゃん!!

 何だったのあのハサミは!?

 ただのキャラ作り!?

 ……えぇ。

 こうなってくるともう一人のケンタウロス女も、ただの着ぐるみの可能性が出てきたな。

 というか改めて見ると、ピッセからして、異星人って意外と地球人と見た目似てるよな。

 なんでなんだろう?

 このことが後々余計な伏線にならなければいいのだが……。


 などと余計なことを考えていたら、いつの間にかキャーサが大きな中華鍋で多種多様な食材を炒め始めた。

 続いて茹でたカニ身をその鍋に投入し、最後にご飯を追加して各種調味料で味付けをした。

 こ、これは……!


「……完成。……カニチャーハンだよ」


 キャーサは物凄く低いテンションでそう言った。

 何かあの人ずっとあんな調子だけど、どっか体調でも悪いのかな?


「ンフフフ、キャーサは低血圧だから、いつもローテンションなのよ。でも内心はとても楽しんでるから、心配しないで普津沢堕理雄君」

「あ、そうなの?」


 あんまそうは見えないけど。

 ま、人は見かけによらないもんだからな。

 キャリコがそう言うのなら、きっとそうなんだろう。

 だが、肝心なのは料理の味のほうだ。

 見た目はただのカニチャーハンにしか見えないけど。

 果たして……。


「わあ、とっても美味しそう! じゃあ、いただきまーす」

「いただきます!」

「いただきます」


 諸星先生、生先先生、エーコさんの三人は、艶めかしく湯気の立つカニチャーハンをハフハフしながら一口頬張った。

 すると――。


「こ、これは!」

「まあ!」

「な、なんて!」


 っ!


「とっても美味しいですね!」

「ええ、何て言うかこう……凄く美味しいです!」

「はい! 私なんかもう……美味しいという言葉しか出てこないです!」


 語彙ッ!!

 いや、しょうがないよ!?

 お三方はプロの評論家じゃないからね?

 『お口の中が宝石箱やあ~』、みたいなコメントは期待してないよ?

 でももっとこう……あるだろう!!(例の画像)

 それこそ諸星先生はプロの漫画家さんなんですから、ボキャブラリーは豊富じゃないんですか!?

 それなのに感想が『とっても美味しい』て!?

 『とっても美味しい』て!?!?

 全然こっちまで伝わってこないんですよねそれじゃ!!

 ……おっと、俺としたことが取り乱してしまった。

 でもマズいぞ。

 具体的なことは何一つわからなかったが、あのカニチャーハンがとにかく美味しかったというのは事実らしい。

 これは思わぬ伏兵だ……。

 未来延ちゃんならきっとあれ以上のものを作ってくれるとは思うのだが……何故かさっきから胸騒ぎが止まらない。

 だが次の瞬間、俺は胸騒ぎの理由がわかった。


「ふっふっふ、ではお次は私の番ですね。みなさんこちらをお召し上がりください」

「え!?」

「なっ!?」

「これは!?」


 未来延ちゃんが三人の審査員の前に出した料理は…………ただの茹でたズワイガニだった。




「み、未来延ちゃん!?」

「ん? 何ですか普津沢さん。残念ですけど、普津沢さんの分までは用意してませんよ?」


 モニター越しの未来延ちゃんは、キョトンとした顔でそう言った。


「い、いや、そうじゃなくて! 俺が言いたいのは、そんなただ茹でただけのカニじゃ勝負にならないでしょってことだよ! 料理対決なんだよ!? それは最早、料理じゃないじゃん!?」

「いえいえ、茹でるという行為も、立派な調理工程の一つですよ普津沢さん」

「そ、それはそうかもしれないけど……」


 もしかして未来延ちゃん、この勝負勝てないと踏んで、ヤケクソになってしまったのか?

 未来延ちゃんに限ってそんなことはないと思いたいが……。

 ともあれこうなった以上は、あの茹でズワイガニが、実は超絶美味しかったという可能性に賭けるしかない。

 未来延ちゃんのことだ、もしかしたらただ茹でたのではなく、何か特殊な手法を使ったのかもしれないしな。


「じゃ、じゃあいただきますか?」

「あ、そうですね」

「はい、いただきます」


 三人は一番太いカニの脚を食用バサミで切り離し、殻を剥いて、そこから取り出したプリプリのカニの身を、ゆっくりと口に入れた。

 すると――。


「ひゃうんっ!」

「あひんっ!」

「ふあぁんっ!」


 !?!?


「こ、これは……何て肉厚で、噛み応えのある身なの!?」


 諸星先生!?


「それだけじゃない。カニ自身から滲み出ている旨味成分が、極上のエキスとなって、カニ身の味をより引き立てています」


 生先先生!?


「これは例えるならそう……雄大なガンジス川を流れる、売れない地下アイドルのサイン色紙のよう!」


 その例えはまったく意味がわからないですエーコさん。

 そもそもあなたは異世界の人間なのに、なんでガンジス川とか地下アイドルを知ってるんですか?


「これはまさに、海鮮界のバロンドールと本屋大賞と声優アワードの三冠達成! 絶え間なく繰り出されるカニバサミの連撃で、全身がズタズタに――」

「「「引き裂かれちゃうーーーッ!!」」」


 パーン


 三人の服が弾け跳んだー!!!

 おはだけキターーー!!!!!

 ……これは勝ったな。

 正直三人ともテンションがおかしなことになってて、大分勢いだけでコメントしてる節はあったが、まあ、勝てたのならよしとしよう。

 だけど、ただ茹でただけのカニで、おはだけまでさせるとは……。


「……未来延ちゃん、いったいどんな特殊な手法で、あのカニを茹でたんだい?」

「え? 別に特殊な手法なんて使ってませんよ。ただ適量の水と塩で、程よく茹でただけです」

「なっ! マ、マジで!?」


 じゃあ何故あんなにも、三人をおはだけさせることができたんだ!?


「これは私の持論ですが、ズワイガニはシンプルに茹でただけのものが、一番美味しいと私は思うんですよねー」

「え?」

「もちろんそれは最高級の食材が揃っていた場合の話ですけどね。今回はキャリコさんに、文字通り日本一の品をご用意していただいてたので、それを見た瞬間、ピーンときたんですよね。『これは余計なことはしないで、食材の味をそのまま活かして食べていただこう』と」

「そ、そんな……。でもそれって、料理人としてはどうなんだい? 料理人のプライドみたいなものは、未来延ちゃんにはないのかい?」

「アッハハー、これは面白いことを仰いますね普津沢さん。もちろん複雑な調理をしたほうが料理が美味しくなるケースなら、いくらでも手間暇をかけますよ私は。でもですね、料理人が何よりも優先しなくちゃいけないのは、調理をすることではありません」

「……」

「その料理を食べたお客さんに、『美味しい』って思ってもらうことです」

「……未来延ちゃん」

「その最善手が、今回はたまたま複雑な調理を必要としなかったまでのことですよ」

「……なるほど。勉強になったよ」

「いえいえ、実を言うと今のは、私のお父さんの受け売りなんですけどね」

「はは、そっか」


 まったく、伊田目家の親子には敵わないな。

 やっぱり未来延ちゃんが、地球防衛軍で一番頼りになる存在だよ。


「……では、三人共満場一致となりましたので、審査結果を発表させていただきます」


 三人を代表して、諸星先生が緊張した面持ちで口を開いた。


 その時。


「……待て」


 っ!?

 ずっと無言で事の成り行きを見守っていたキャーサが、突然割り込んできた。

 何だ今更?

 まさか未来延ちゃんがちゃんと調理をしていないから、今の勝負は無効だとでも言うつもりか?


「……結果を出すのは、これを食べてからにしろ」


 そう言ってキャーサが三人の前に置いたのは、先程のカニチャーハンに、トロトロの『あん』がかかったものだった。

 なっ!?

 こ、この展開は!?

 某食戟漫画で、度々目にする光景……。

 最初はノーマルな状態で料理を出しておき、後から味を変えるソース的なものをかけることによって、評価を逆転させる伝家の宝刀!!

 マズいマズいマズいマズい!!

 この展開になった場合のソースをかけた側の勝率は、実に8割を超えるだろう(当社調べ)。

 くっ!

 これは……万事休すか……。


「わあ~、良い匂い。じゃ、じゃあ、せっかくですから、一口だけいただきましょうか?」

「ええ、そうですね」

「では、いただきまーす」


 三人はとてもウットリとした顔で、あんのかかったカニチャーハンを、大きな口で頬張った。

 すると――。


「こ、これは!?」

「あ、ああ!」

「なんて……!?」


 ……クソッ。


「……うん、とっても美味しいですね」


 …………あれ?


「……そうですね。とっても美味しいです」


 おや?


「うん、美味しいです。美味しいんですけど…………ねえ?」

「ええ。……思った程ではないというか」

「そうそう。先程の茹でズワイガニを食べてしまった後ですとねえ。……そもそも、もうお腹もいっぱいですし」

「そうですね。せめて最初からあんをかけた状態で出していただけてたら、もっと美味しく食べられたかもしれません。まあ、どちらにしても茹でズワイガニのほうが美味しかったですけど」

「なっ!? そ、そそそそんな……そんなバカなッ!!!」


 キャーサは今までの無表情が噓のように、全身に汗をかいて眼を尋常じゃないくらい泳がせている。

 ……うわぁ。

 これはキツい。

 俺だったら恥ずかしくて身投げしてるレベルだ。

 せめてどうせ敗けるのであれば、あのあんを追加でかけるくだりはやるべきじゃなかった。

 まあ、今更そんなこと言っても、絶対にあんの件をなかったことにはできないのだが……。

 こりゃ可哀想だが、完全にキャーサの黒歴史になってしまったな。

 しばらくは事あるたびに、仲間内から、「……結果を出すのは、これを食べてからにしろ」の部分をモノマネされて、死ぬ程顔を真っ赤にするパティーンのやつだ。

 まあ、何て言うか……ドンマイ。


「……では改めまして、勝者は、伊田目未来延さんとさせていただきます」


 最高に気まずい空気の中、勇気を出して、諸星先生がそう宣言してくれた。


「おそ松!」


 漢字が違うよ未来延ちゃん!

 まあ、おそ松の中の人も、十傑の一人だけれども。

 ともあれ、やっとこれで一勝。

 未来延ちゃんのお陰で、一勝一敗のイーブンにまでは戻せたぜ。




「いやあ、危うく敗けちゃうところでしたよ。今回は運が良かったですね」


 スパシーバに戻ってきた未来延ちゃんは、頭を掻きながらそう言った。


「アラアラ未来延さん、過剰な謙遜は、却って嫌味になるわよ」

「いえいえ謙遜なんかじゃありませんよ沙魔美さん。本当にキャーサさんは強敵でした。実は私は、茹でズワイガニ以外にも、数十個のレシピを頭の中でシミュレートしてみたんですが、おそらくそのどれを選んでいても、キャーサさんのあんかけカニチャーハンには勝てなかったと思います」

「え!? そ、そうなの!?」

「ええ、正直料理人としてのスペックは、私よりもキャーサさんのほうが数段上手うわてです。まあ、十年後には私が上になってる自信はありますけどね」

「……それはそれは」


 ……マジっすか。

 実はそんな薄氷を踏むような勝利だったとは……。

 でも、それだけ圧倒的に不利な条件下でも、たった一つしかなかった勝利の糸を手繰り寄せるとは、流石未来延ちゃんといったところだろう。

 サラッと言ってたから聞き流しそうになったけど、瞬時に数十個のレシピを頭の中でシミュレートしたとかも、それはそれでとんでもないことだしな。


「……も、申し訳ありませんキャリコ様。わ、私が不甲斐ないばっかりに……」


 自軍に戻ったキャーサはすっかり無表情キャラが崩壊しており、しょぼくれて涙目になりながら、すごすごとキャリコに頭を下げていた。


「ンフフフ、そんな顔をしなくてもいいのよキャーサ。あなたはよくやってくれたわ。それに少なくとも、、どちらにせよ私達の勝利は揺るぎないわ。だから後は私達に任せて、あなたはゆっくり休みなさい」

「は、はい……ありがとうございます」


 ……。

 意外とキャリコって良い上司なのかな?

 今の遣り取りを見てる限りでは、とてもマッドサイエンティストっぽくは見えないけど……。

 ひょっとしてハ〇ターハン〇ーの敵キャラみたいに、自分の仲間にだけは優しいタイプなのか?

 ただ、自分とラオは絶対に勝てると断言したのには、少しだけドキリとした。

 そんなにあの二人は、別格の存在だってのか……?


「ンフフフ、さあ普津沢堕理雄君。まだまだ勝負はこれからよ。第三試合を始めましょう!」

「……ああ、言われるまでもないよ」


 俺はまた右腕に全神経を集中させて、ガラガラの取っ手を掴んだ。

 と、その時、俺の頭をあることが、ふとよぎった。


「あ、そうだ沙魔美。どうする? 次の試合こそは、お前が出てみるか?」

「…………種目が決まってから、判断させてちょうだい」

「……そうか」


 日和りやがったなこいつ。


 いずれにしても、次は分水嶺の第三試合。

 果たして今度こそ沙魔美は試合に出場するのか?

 そして『演劇』、『料理』と来たら、次の種目はいったい……!?

 この次も、サービスサービスぅ(突然のエヴ〇)。

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