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第72魔:約束しましょう

 やっぱ前回のあらすじがないとちょっとだけ寂しいな。

 ま、いいけど。


「では普津沢堕理雄君! 運命の第一投をどうぞ!」

「……」


 妙にハイテンションなキャリコとは裏腹に、俺は胃の痛みを我慢しながらガラガラの取っ手を回した。

 それもそのはずだ。

 この結果次第で、今日で地球の歴史が終わってしまうのかもしれないのだから。

 頼む!

 できれば、『監禁対決』とかが出てくれ!

 それならこっちには、プロの母娘がいるんだ。

 絶対敗けない自信がある。

 まあ、どうやって勝敗を決めるんだよという素朴な疑問は、敢えて今は考えないことにするが。

 ちなみにさっきの一件以来、ラオはずっと呆けたままで、今はキャリコの肩に寄りかかっている。

 キャリコはそんなラオを、ペットを愛でるみたいに、たまに頭を撫でていた。

 何だか躁鬱病の人みたいだ……。

 ひょっとすると、あれも人体実験の副作用だったりするんだろうか?

 そんなことを考えているとふとキャリコと眼が合って、俺に微笑みかけてきた。

 その眼の色は果てしなく拡がる宇宙よりも深く暗い漆黒で、まるで魂が抜かれるかのような感覚に陥ってきたので、俺は慌てて眼を逸らした。

 と、その時、コロンという音と共に、ガラガラから玉が出てきた。

 いよいよ地球の命運を賭けた戦いが、ここから始まるのか。

 震える手でその玉を取って見ると、そこには、『演劇』と書かれていた。

 演劇!

 これはッ!

 その時、ジャジャーンというベタな音と共に、前方のモニターに大きく、『演劇』という文字が表示された。

 どうやら俺がガラガラを回すと、出た玉に書いてある種目名がモニターに表示される仕組みになっているらしい。

 何だかどんどん沙魔美が好きな、三流バラエティ番組のノリになってきたな。


「ンフフフ、第一種目は『演劇』、か。これは面白いことになりそうね」

「?」


 意味深なキャリコの発言に、俺は若干の胸騒ぎを感じたが、演劇ならこちらのチーム地球防衛軍(俺命名)には、正真正銘のプロがいるんだ。

 これは貰ったぜ!


「玉塚さん! お願いできますか!」

「ショオオオオウムアァストゥゴオオオウォオオオオンッ!! 任せたまえムウァイルウァイヴァル! このボクが、一瞬でコールド勝ちを収めて見せようッ!」


 玉塚さんは華麗にジョ〇ョ立ちをキメながら(ちなみに4巻の表紙)、ドヤ顔でそう言った。


「は、はい、よろしくお願いします」


 演劇でコールド勝ちというのはよくわからないけど、余計なことを言って玉塚さんの気勢を殺ぐのは得策ではない。

 ここは監督として、ツッコむのはグッと我慢だ。

 しかし演劇なら最低でも、演者は二人必要だよな?

 玉塚さんなら、一人芝居でも何とかなりそうだけど。

 どうしたものかな……。


「ではまず、試合会場を造りましょう」


 そう言うと、キャリコはタッチパネルを素早く操作した。

 すると一瞬だけ水晶玉が発光し、その光りが収まると同時に、前方のモニターに劇場の風景が映し出された。

 どうやらあの水晶玉の中の映像が、モニターに表示されているらしい。

 あの水晶玉スゲェな。

 広大な異空間が収納されているだけではなく、あんな風に種目に合わせた試合会場を造ることもできるのか。

 ともあれ、あれが文字通り、第一試合の決戦の舞台になるわけだな。


「ンフフフ、それじゃあ普津沢堕理雄君、手元の端末で、出場選手を決めてちょうだい」

「あ、ああ」

「こちらの先鋒はジェニィにお願いするわ。よろしくね」

「はい、任せて母様」


 そう言ってチーム地球破壊軍(俺命名)の中から一歩前に出たのは、唯一地球人ぽい見た目をしている、白いワンピースを着た中学生くらいの女の子だった。

 母様!?

 この子はキャリコの娘なのか!?


「ああ、母様って言っても、私が産んだ娘ってわけじゃないのよ。この子は昨日、私が地球人のDNA情報を基に造った、人工生命体よ」

「なっ!?」


 サラッととんでもないこと言いやがったぞこいつ!?

 人工生命体だって……?

 そんなものまで一日で造ってしまうだなんて、これはいよいよもって神……いや、悪魔の所業と言っても差し支えないだろう。

 キリスト教のバフォメットの様に頭が山羊になっている悪魔は多いが、伝説の科学者マッドブラックハンパナイッテゴートの名は、伊達じゃないということか……。

 しかし地球破壊軍の選手は、あのジェニィって子だけなのか?

 まあ、あっちは五人しかいないから、必然的に一つの試合につき出場できるのは一人だけってことになるんだろうけど、てことは、今回はあちらは一人芝居をやるのか。

 俺は演劇には詳しくないから何とも言えないが、一人芝居って難しそうなイメージがあるけど大丈夫なのかな?

 いや、今は敵チームの心配なんかをしてる場合じゃない。

 こっちはこっちで、出場選手の最善手を考えなくては。

 まず玉塚さんは確定として、問題は残りの演者をどうするかだよな……。

 あまり多すぎても収拾つかなそうだし、演者はあと一人くらいにして、二人芝居で頑張ってもらうか。

 玉塚さんに相方を選んでもらったら、沙魔美辺りをチョイスするんだろうけど、沙魔美はこちらのトップクラスの戦力だから、戦闘系以外の試合で使ってしまうのは勿体ない気もするな。

 でも、だとしたら誰を……。

 …………よし、これでいこう。

 俺は端末の選手選択画面を操作し、指先に力を込め、ゆっくりと決定ボタンを押した。




「よし! ドンと大船タイタニック号に乗ったつもりで、ボクに付いてきたまえ、ビューティーボーイ!」

「それじゃ沈んじゃいますよヅカさん! てか師匠、なんで俺がヅカさんの相方なんですか!? 俺、演劇の経験なんかないですよ!?」

「ああ、うん。まあそう言わずに、『オッス! オラ琴男! いっちょやってみっか!』の精神で、ここはひとつ頼むよ」

「あんた上司には向いてないよ!!」


 そんなの言われなくてもわかってるよ。

 でも、そんなこと言ったってしょうがないじゃないか(えな〇かずき)。

 俺だってやりたくてこんな監督業をやってるわけじゃないんだからさ。

 そう自分に言い訳し、俺はモニター越しの娘野君の上申を華麗に受け流した。

 既に玉塚さんと娘野君は、試合会場である劇場に転送されている。

 試合会場とはテレビ電話の様に映像が繋がっているので、意思の疎通は取れるようになっているのだ。

 玉塚さんの相方に娘野君を選んだのは、まあほとんど消去法だ。

 まず、沙魔美・ピッセ・多魔美・マヲちゃん・未来延ちゃんの戦闘民族組は、今回は除外。

 そうなると残りは菓乃子・真衣ちゃん・娘野君の三人だが、この三人はみんな玉塚さんとは今日が初対面だから、相性という意味では誰も大差はないと思われる。

 でもみんなと付き合いの長い菓乃子と真衣ちゃんなら、玉塚さん以外の人と同じチームになったほうが上手く連携が取れそうなのに対し、娘野君はまだ誰とも付き合いが浅いから、正直誰とチームになってもそこまでの差はなさそうだ。

 というわけで、相方は娘野君に決定させてもらった。

 まあ、相方が女性だと、玉塚さんが発情しそうだったからというのも、理由の一つなのだが……。


「ところで玉塚さん、本当に先攻でよかったんですか?」


 俺はモニター越しに、玉塚さんに問いかけた。

 キャリコに先攻後攻好きな方を選んでいいと言われたので、俺は何となく後攻のほうが準備時間も多く取れるし有利なんじゃないかと思ったのだが、玉塚さんは頑なに先攻を推したのだ。


「ノープロブレムだよマイライバル! 何故なら先攻でないと、コールド勝ちにならないからね!」

「はあ」


 どうやら玉塚さんの言うコールド勝ちとは、先攻で圧巻の演技をして、後攻側にその時点で「参りました」と言わせることらしい。

 本当にそんな漫画みたいなことができるのだろうか?

 でも、この人ならやりかねない気もするな。

 何にせよここまで選手がやる気になっている以上、後は選手の自主性に任せよう(他力本願)。


「わかりました。俺には応援することしかできないですけど、頑張ってください」

「ピローをハイしてスリーピングしていたまえ! さあビューティーボーイ、裏でボクと衣装合わせをしてこよう!」


 何故突然ルー語を?


「う、うわ! ちょっとあんま引っ張らないでくださいよヅカさん!」


 玉塚さんは娘野君の手を引いて、舞台の裏に消えていった。

 そしてタイミングを見計らっていたかのように、舞台には幕が下ろされた。


「ねえ5000歳BBA、ちなみにこれって、どうやって勝敗を決めるの?」


 沙魔美が挑発するような言い方で、キャリコに質問した。

 どうやらさっきの俺を実験サンプルにするという発言で、沙魔美はすっかりキャリコを敵視しているらしい。

 でも、それは俺も気になっていたところだ。

 陸上競技みたいな誰が見ても勝敗が明らかなものと違って、演劇の良し悪しって数値化できるものじゃないしな。


「その点は心配ないわ地球の魔女さん。そろそろ来る頃よ」


 キャリコはそんな沙魔美の悪口など、歯牙にも掛けない様子でそう言った。


「来る? いったい何が来るっていうのよ?」

「あ! あれを見ろ沙魔美!」

「え?」


 モニターを見ると劇場の客席に、ぞろぞろと観客が押し寄せて来るところだった。

 誰だあの人達!?


「実はこの試合会場はあなた達の住んでる、肘川にある公民館と時空が繋がっているの。テレビの収録があると偽って、肘川にいた通行人を999人集めたわ。あの人達に両チームの舞台を見てもらって、面白かったほうに一人一票入れてもらい、得票数が多かった側の勝ちということにしましょう」

「ふーん……ま、それならいいわ」


 時空を繋げるなんてこともできるのかよ。

 まあここまで来れば、今更大して驚きもしないが。

 それにしても、肘川の公民館て俺達が成人式をやった会場だよな?

 まさかその思い出の場所が地球の命運を賭けた決戦の地になるとは、夢にも思わなかったよ。


「マイライバル! こちらは準備ができたよ! いつでも幕を上げてくれたまえ」


 モニターから玉塚さんの声が聞こえてきた。


「え? 玉塚さん、もう準備終わったんですか?」


 まだ二人が裏に消えてから5分も経っていない。

 それじゃ衣装合わせどころか、台本の確認さえもままならないだろうに。

 今は玉塚さん達の姿は幕に隠れているので、二人がどんな格好をしているのかは、こちらからは見えないが。


「モウマンタイさマイライバル! こういうのはね、アドリブ感が大事なのだよ。優秀な役者は、アドリブだけでも観客を魅了してしまうものさ」

「はあ……そういうものですか」


 そういうことなら、俺は二人を信じて見守るだけだ。


「あ、あの、ヅカさん……本当に俺、この格好で人前に出るんですか? 尋常じゃないくらい恥ずかしいんですけど……」

「何を言っているんだいビューティーボーイ! とっても似合っているよ。ボクを信じて、共に清水の舞台から飛び降りようじゃないか!」

「さっきから不吉なことしか言ってない気がするんですけど!?」


 ……いったいどんな格好をしているんだろう。

 まあ、それも幕が上がるまでの楽しみということにしておくか。


「ンフフフ、ではお手並み拝見といきましょう。レッツショーターイム!」


 キャリコがタッチパネルを操作すると、ブー、という開演ブザーの音と共に、舞台の幕が上がっていった。

 すると舞台の中央には、煌びやかなお姫様の衣装に身を包んだ娘野君が、不安そうに一人で立っていた。

 ……そうきたか。


「ああロミオ、あなたはどうしてロミオなの?(棒)」


 ロミジュリかよ!?

 まあ、ロミジュリならあらすじくらいは誰でも知ってるし、即興でやる演目としては悪くないのかもしれない。

 ただ、致し方ないこととはいえ、娘野君の棒演技は若干見ていて痛々しいな。

 一切その場から動かずに、ずっと棒立ちだし。

 と、思っていたら、観客席から「なあ、あの子可愛くね?」「ああ、あの演技慣れしてない感じが、逆にそそるよな」といった、男性客の声が聞こえてきた。

 ……なるほど。

 大方新人アイドルか何かが、初めて慣れない舞台に挑戦しているとでも思っているのかもしれない。

 確かに娘野君は知らない人が見たら、ただの美少女にしか見えないもんな。

 果たして娘野君が男だと知ったら、彼等はどんな顔をするのだろうか。

 まあ、中には「わたしは一向にかまわんッッ」と、中国拳法の達人みたいなことを言う人もいそうなのが、今の日本の怖いところだが……。


「それはね、キミを食べるためさッ!」


 盛大なアドリブをかましながら、王子様の格好をした玉塚さんが舞台に登場した。

 のっけからやりたい放題だなこの人!?

 しかし流石玉塚さん。

 王子様の格好似合いすぎである。

 娘野君の時とは逆に、今度は観客席の女性陣から黄色い歓声が上がっている。

 玉塚さんに関しては、女性だとバレたほうが人気が上がるまであるだろう。

 しかしロミオを女性が演じ、ジュリエットを男性が演じるという、ある種奇抜な配役は、性別ややこしいコンビであるこの二人ならではだな。

 我ながら、良い演者のチョイスだったのかもしれない(自画自賛)。


「ああロミオ、お願いだから私のことは食べないで。それから……え、えーっと……」


 娘野君台詞トんじゃった!?

 玉塚さんがとんでもないアドリブをブッ込むから!

 ああどうしよう。

 なんとか責任取とって、フォローしてあげてください玉塚さん!


「ハッハー! 言わずともボクにはわかっているよジュリエット。キミは今から、お城の舞踏会に行きたいんだよね?」

「え!? あ、ええ、そうよ。私は舞踏会に行きたいの!」


 ロミジュリってそういう話だっけ!?

 シンデレラ混じってません!?

 この人マジでメチャクチャだな。

 本当に人気劇団の座長さんなんだよね?


「ではボクと一緒に、このカボチャの馬車に乗ってお城に向かおう!」

「は?」


 玉塚さんがそう言うと、舞台上に突如カボチャの馬車が出現した。

 何だあれ!?

 あの異空間は、あんなものも自在に出せるのか!?


「おかしいわね。私はあんな仕掛けは用意してなかったはずだけど」


 キャリコが不思議そうに呟いた。

 え、そうなの?

 じゃああれは、どうやって出したっていうんだ?


「ンフフフ、大方、あのイケメンレディのイケメンオーラで、馬車を具現化させたってとこかしら? 実に興味深いわ」


 ……。

 イケメンのちからってすげー!

 もうあの人ほとんど、具現化系の念能力者だよ!

 俺と対決した時も似たようなことはしていたが、あの時よりも具現化の力が、よりパワーアップしている気がする。

 末恐ろしいぜ……。


「さあジュリエット! キミも早く馬車に乗って!」

「は、はい!」


 玉塚さんは娘野君の手を引き、優しく馬車にエスコートした。

 うーん、しかし玉塚さんは、一挙手一投足全てがイケメンだな。

 性格はハチャメチャだけど、これは確かに人気者なのもわかるな。

 あれ!?

 ちょっと待って!

 あの馬車に使われてるカボチャ……あれって、無農薬カボチャじゃない!?

 小さなお子様でも安心して食べていただけるやつじゃない!?

 まあ! なんて行き届いた気配りなの!

 イケメンオブザイヤーは、あの方に決まりだわ!(何故オネエ口調に?)


 こうしてロミオとジュリエットが仲睦まじく無農薬カボチャ馬車で舞踏会に向かうところで、幕は下ろされた。

 その瞬間、劇場は観客総立ちのスタンディングオベーションの嵐に包まれた。

 ……勝ったな。

 正直ストーリーはまったく意味不明だったが、舞台というのは、とにかく勢いが大切なのだということを思い知らされたよ。

 やっぱ玉塚さんはスゲェや。

 たとえまぐれとはいえ、俺があの人に勝てたのは、誇っていいことなのかもしれない。

 ともあれ流石にこれを超える程の芝居は、あのジェニィって女の子もそうそうできないだろう。

 ましてあの子は、昨日産まれたばかりの生後一日だ。

 少なくとも玉塚さんの提唱する、メソッド演技はできないはずだ。

 メソッド演技に必要不可欠な、人生経験がほぼないのだから。

 これはコールド勝ちキタか!?

 だが、「参りました」とは言わないどころか、玉塚さん達の演技を見ても、表情一つ変えないジェニィの能面の様な笑顔を見て、俺は言いようのない不安を覚えた。


「素晴らしかったですわ勇希先輩! 抱いてください!」


 玉塚さんと娘野君が衣装を着たままスパシーバに戻ってくるなり、沙魔美が玉塚さんに駆け寄って叫んだ。


「ハッハー! 今夜は寝かさないよマイレディ」

「キャッ」


 キャッ、じゃねーよ。


「あのーヅカさん、俺達ずっとこの格好のままなんですか? 恥ずかしいんで俺、早く元の服に着替えたいんですけど……」

「ああー、残念だったねビューティーボーイ。キミの元の服なら、もう捨ててしまったよ」

「残念なのはあんたの頭の中だよ!? なに勝手に人の服捨ててんですか!?」

「だってキミにはその衣装が一番似合っているからね(キリッ)」

「キリッ、じゃねー!! え? じゃあ俺、ずっとこの格好のまま、地球の命運を見守らなきゃいけないんですか?」

「大丈夫よ琴男きゅん。何なら今度私が、琴男きゅんの女装本で、一本同人誌描いてあげましょうか?」

「そんなことしたら舌噛んで死にますよ!? 絶対にやめてください!」

「プークスクスクス。琴男きゅん、この写真、『彼女とデートなう。に使っていいよ』シリーズで、SNSにアップしてもいいですか?」

「いつの間にこんな写真撮ったんですかマイエンさん!? てか俺男なのに、なんで『彼女とデートなう』なんですか!?」


 愛されてるなあ娘野君。

 何だかすっかりマスコットキャラ的な扱いになってきたな。

 本人はマスコットキャラよりは、ハーレム王的なポジを望んでるみたいだが。


「ンフフフ、盛り上がってるところ悪いけど、こちらも準備ができたんで、始めさせてもらってもいいかしら?」

「え? ああ、そりゃいいけど」


 いつの間にかキャリコの横に立っていた、ジェニィの姿が消えている。

 既に劇場に転送されたのだろうか?

 でも準備してる様子なんて全然なかったけど、大丈夫なのかな?

 まあ、お手並み拝見といくか。


 先程と同様、ブー、という開演ブザーの音と共に、幕がゆっくりと上がっていった。

 すると何もない舞台の中央に、ジェニィが一人で、ポツンと立っていた。

 服装も白いワンピースのままだ。

 いったいどんな芝居が始まるんだ?

 チーム地球防衛軍のみんなも、ジェニィの第一声を、固唾を飲んで見守っている。


「……私達は、産まれた時から二人で一人だった。そして、一人で二人だった」


 ジェニィは何の抑揚もない声で、そう言った。

 随分意味深な出だしだけど、演技はやっぱり玉塚さんと比べるとイマイチかな。

 まあ、生後一日なら無理もないけど。

 だが次の瞬間、俺は思わずアッと声を上げた。

 ジェニィの身体が一瞬ブレたかと思うと、舞台の上にはジェニィが二人立っていたのだ。

 何だあれは!?

 分身の術!?


「ンフフフ、あれがジェニィの特性よ。あの子はね、のよ」

「は?」


 何言ってんの???

 哲学的な話だったら、もうちょっとわかりやすく説明してもらえないかな?


「そんなに難しい話じゃないわ。あなたはこう思ったことはない? 『まったく同一の命を、二つ造ることはできないだろうか』ってね」

「……クローン人間とか、そういう話か?」

「そんな低レベルな次元の話じゃないわ。それはあくまで遺伝子構造が同じというだけで、生命の単位としては二つでしょう? 私が言いたいのはね、例えば、『水』よ」

「水?」

「ええ、コップの中に入っている水は、それで一杯の水と言えるわよね?」

「……ああ」

「でもその水の半分を、もう一つのコップに移すと、水は二杯になるでしょう?」

「……」

「そして移した方の水を、元のコップに戻すと…………また水は一杯になる」

「! ……まさか」

「ンフフフ、そのまさかよ。私はこれをね、実現させたかったのよ」

「そ、そんな……バカな」


 てことはあれか。

 今舞台の上に立っているジェニィは水の様に、自身を自在に分裂させたり、また一つになったりすることができるってのか……?

 しかも、それぞれがまったく同一の存在として……。


「……本当にそんなことが可能なのか?」

「ンフフフ、細工は流々、仕掛けは上々、あとは仕上げをご覧じろってところかしらね」

「……」


 にわかには信じられないが、目の前でこうして二人のジェニィが存在している以上、可能だったのだろう。

 とはいえ、仮にそれが本当だったとして、その特性が演劇に活かせるとは、俺は思えないのだが……?

 別に同一の存在をいくつ造れたところで、それで演技力が上がるわけではないだろうし。

 だが、次のジェニィの台詞と動きを見て、俺はキャリコがこの勝負にジェニィを送り出した理由が、ハッキリとわかった。


「「二人で一人だったあた……私達は、いつも一緒だった」」


 噛んだ!?

 今、台詞を噛んだぞ!?

 いや、二人は演技は初心者だし、それだけなら別に珍しくもないことなのだが、今二人はまったく同じタイミングで、まったく同じ噛み方をした……!

 しかもその直後に二人は、これまた初心者丸出しの、下手クソなダンスを踊り始めたのだが、これも二人の動きは、寸分違わず一致していた。

 ……『まったく同一の命を、二つ造る』とは、こういうことだったのか。

 あの二人は、まったく同一の存在だからこそ、まったく同じミスをし、まったく同じ拙さを披露する。

 これが、洗練されたプロの演技やダンスであればまだわかる。

 プロの舞台役者なら、台詞や動きをピタリと合わせることも、あるいは可能なのかもしれないから。

 だが、明らかに演技もダンスも初心者の二人の台詞と動きが、まるで空間ごとコピーアンドペーストしたかのようにマッチしているとなると、これは最早感動を通り越して、恐怖さえ覚える現象だった。

 現に今、俺の手は手汗でじっとりと濡れている。

 ただ、それだけに舞台から目を逸らせないのも事実だった。

 現に観客席の人達も、目の前で起こっている超常現象とも言える出来事に、完全に目を奪われている。

 これがもし、演劇ではなく映画であったならば、こんなことにはなっていないだろう。

 今の映像編集技術なら、いくらでもこんな現象は作り出せるからだ。

 しかし、演劇として目の前で、こんな不可思議なものを見せられては、これを見た者の心は、容赦なく掻き乱されることだろう。

 その証拠に、ジェニィの舞台は終始意味のない台詞を吐きながら、不格好なダンスを踊っていただけにも関わらず、幕が下りた瞬間には、先程よりも大音量の拍手が劇場を包んで、しばらくは鳴り止まなかった。


 結果観客の投票数は、地球防衛軍388票に対し、地球破壊軍611票で、第一試合は地球破壊軍の勝利に終わった。


「……そんな」


 いつの間にかまた一つの身体に戻っていたジェニィが、笑顔でキャリコの下に帰って来たのを見ても、まだ俺は自分のチームが敗けたという実感が湧いていなかった。


「ひ、卑怯だろこんなの!?」


 俺は思わず叫んでしまった。


「ンフフフ、何が卑怯なのかしら普津沢堕理雄君?」

「だ、だって……今のは、『演劇』勝負だったはずだろ!? でもそっちがやったのは、どちらかと言えば『曲芸』とか『イリュージョン』みたいなもので、とても演劇と呼べる代物じゃなかったじゃないか!」

「それは違うよマイライバル」

「! ……玉塚さん」


 思わぬ玉塚さんからの横槍に、俺は一瞬言葉を失った。


「演劇というのはねマイライバル、『総合芸術』なのだよ」

「……総合芸術」

「そう、それが舞台の上で行われているものでさえあれば、たとえそれが漫才であろうと、ピアノの演奏であろうと、例外なく演劇でもあると、ボクは思っている」

「……」

「だから彼女達が披露したものは、紛れもなく演劇だよマイライバル。そして演劇で何よりも求められるものは、演技の上手さではなく、『観客を楽しませること』さ。その点でボク達は、彼女達には及ばなかった。それだけのことだよ」

「玉塚さん……」

「キミの気持ちは本当に嬉しいよマイライバル。キミも監督として、ボク達の代わりに食い下がってくれたんだろう? でも安心したまえ。ボク達にはまだこんなにも、頼もしい味方が残っているじゃないか!」


 そう言うと玉塚さんは、翻って後ろにいる沙魔美達の顔を見た。

 沙魔美達は皆一様に、精悍で頼もしい顔つきをしていた。

 ああそうか。

 まだ五戦中一敗しただけだ。

 こっちにはまだ七人も、頼りになる味方がいる。

 それなのに監督である俺がこんなにイジイジしていたら、勝てる勝負も勝てないよな!


「……すいませんでした玉塚さん。出過ぎた真似をしました」

「いや、何度も言うがキミの気持ちは――」

「ぐふうっ! ずみまぜんでじだヅカざん!!」

「え!? 娘野君!?」

「ビューティーボーイ!?」


 突然娘野君が号泣し、玉塚さんに深く頭を下げた。

 どうしたんだ君は急に!?


「お、俺の演技が拙かったから、敗けたんです!!」


 っ!

 ……娘野君。


「ヅカさんの演技は完璧でした! でも、俺が下手クソだったから、ヅカさんの足を引っ張っちゃったんです! 俺がもっとシッカリできていれば、今の勝負は勝ててたかもしれません! 俺が……俺がもっとシッカリできていれば!!」


 娘野君は余程悔しかったのか、滴り落ちる涙も拭わずに、拳を握りながら胸中を吐露した。


「……フッ、頭を上げたまえビューティーボーイ。ではその悔しさ、ボクの劇団で晴らしてみないかい?」

「え!? ……ヅカさんの……劇団、で?」


 !?


「ああ、ボクが主宰する玉塚歌劇団は男子禁制だが、キミだけは特別に、男だということを隠せば入団を許可しようじゃないか! キミのその悔しさは、役者をやる上できっと糧になる。どうだい? ボクと一緒に、演劇の高みを目指さないか」


 玉塚さんは真っ直ぐな瞳で、娘野君に手を差し出した。


「……ほ、本当に俺なんかが、入団していいんですか?」

「モチのロンさ!」

「……」


 娘野君は覚悟を決めた凛々しい眼をして、無言で玉塚さんの手を握り返した。

 既に、娘野君の涙は止まっていた。


 こうしてここに、玉塚歌劇団立ち上げ以来初の、男性俳優が誕生したのだった。


 あれ?

 今って地球の命運を賭けた、異星人との戦いの最中じゃなかったっけ?

 もしかしてここから、娘野君のドタバタ俳優修行編が始まるのかな?


「ンフフフ、どうやら話は纏まったかしら? じゃあそろそろ第二試合を始めましょう」

「あ、ああ」


 そりゃ流石にこっちの戦いを差し置いて、ドタバタ俳優修行編を始めるわけにはいかないよな。

 でもこれで大分状況が厳しくなったのは確かだ。

 なにせ最悪あと二連敗してしまえば、それで地球の歴史は終わってしまうのだから。

 次の試合だけは、何があっても敗けられない。

 ……でも、もしまた予想外のことが起きたら……。


「大丈夫よ堕理雄」

「! ……沙魔美」


 そんな俺の心中を察してか、沙魔美が声を掛けてきた。


「次の試合は私が出るわ。どんな種目になろうとも、私が必ず勝利をもたらすと約束しましょう」

「……沙魔美」


 ……ありがとう。

 何だかんだ言って、いつもお前は俺が弱気になっていると、これ以上なく勇気をくれるよな。


 さあ、ということで次回は運命の第二試合。

 果たして本当に沙魔美は第二試合に出場するのか?

 そして、第二試合の種目は何になるのか?

 気になるこの続きは……CMの後で!(三流バラエティ番組のノリ)

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