「女性用成人向け漫画家、諸星つきみの父親、諸星
「何ですかそのブッ飛んだ裏事情は!? ……あの、諸星先生のお父さん、俺の知る限りでは、諸星先生はご自分の人生に、これ以上なく満足されてると思いますよ。元々、諸星先生は女性用成人向け漫画家を目指していたようですし、お父さんが後ろめたさを感じる必要はないと、俺は思いますけど……」
「ありがとう堕理雄君。そう言ってもらえると私も少しは気が楽になるよ。ただ、今はまだつきみの前に出て行く勇気は、私にはないんだ。すまないが、もう少しだけ待ってほしい。この通りだ」
「……わかりました。俺の口からは、諸星先生には何も言いません」
「ありがとう。君も、自分の人生には後悔がないように生きるんだよ。では私はこれで」
「……お気を付けて」
……。
なんで俺は、ただの前回のあらすじで、こんな複雑な気持ちになっているんだろう……。
「堕理雄、何してるの? 早速始めるわよ!」
「あ、ああ、今行くよ」
俺達は公園の中に沙魔美が魔法で作った、特設ステージの上に立った。
そしてステージの中心に躍り出た沙魔美は、声を張り上げて言った。
「第1回、魔女の使い魔やあらへんで! チキチキどっちが私の彼氏に相応しいか対決ー!」
既視感バリバリの番組始まった!?
「沙魔美! 一応俺達は真剣に対決しようとしてるんだから、あんまりふざけるなよ」
「遠藤は黙ってて!」
俺遠藤なの!?
「そうだよマイライバル。せっかくマイレディがこんな素晴らしいステージを作ってくれたんだ。ボクとキミとで、観客のみなさんを魅了させる、壮大なショーを作り上げようじゃないか!」
「はあ」
……やっぱりちょっと俺、この人苦手だな。
若干ノリがウザ……ゲフンゲフン、ノリが独特でついていけない。
でも公園に突如現れた特設ステージの前に、何事かと観客がわらわら集まってきたのは事実だ。
正直スゲー恥ずかしいが、ここまで来たら後には引けない。
観客のみなさんの前で、沙魔美の彼氏に相応しいのは俺だってことを証明してやる。
あれ? そういえば――。
「玉塚さん。玉塚さんは、沙魔美が魔女だってことは、ご存知だったんですか?」
俺はステージの
ちなみに俺は
「もちろんだよマイライバル。むしろボク達の高校で、マイレディが魔女だと知らなかった者はいないよ。ボク達の高校は、通称、『サマミウィッチアカデミア』と呼ばれていた程さ」
「そうなんですか」
「まあ、みんなのスターだった勇希先輩と違って、私はみんなから気味悪がられていた、爪弾き者だったんだけどね……。でも勇希先輩だけは、そんな私に分け隔てなく接してくれたの! 私の高校生活は、勇希先輩のお陰で救われていたのよ!」
「当たり前じゃないかマイレディ! むしろ魔女だというのも、キミの立派な個性さ。キミは何一つ、恥じることはないんだよ」
玉塚さんは沙魔美に近付き、沙魔美の手を優しく握った。
「……勇希先輩」
二人の背景に、大量の百合の花が舞っている。
あのー、一応俺もいるんで、二人だけの世界に入らないでもらえますかね?
でも、言動がアレなだけで、玉塚さんはきっと悪い人じゃないんだろうな。
じゃなかったら、沙魔美みたいなキングボ〇ビー女に、自分から近付こうとは思わないだろう。
……下心はあるのかもしれないが。
「でも勇希先輩、対決はあくまで平等に執り行います。よろしいですね?」
「望むところだよマイレディ」
「沙魔美、その対決ってのは、具体的に何をするんだ? 『どっちが私の彼氏に相応しいか対決』とか言ってたけど」
「よくぞ聞いてくれたわね章造!」
「章造!?」
どうしてもお前は俺を遠藤にしたいのか?
「ルールは至って簡単よ。これから交互に二回ずつ、私をキュンとさせる行動をとってもらい、キュンポイント(※キュンとしたポイント)の合計点が高かった方が勝者よ!」
「……なるほど」
思ってたよりはまともなルールだが、これは大分俺が不利じゃないか?
女の子をキュンとさせるのが得意そうな玉塚さんと違って、俺は沙魔美がどうしたらキュンとなるかなんて、正直よくわかってないからな……。
いや、弱気になるな。
あれだけ啖呵を切ったんだ。
俺も沙魔美の彼氏として、絶対に負けられない戦いが、ここにはある!
「ハッハッハ、では早速ボクからいかせていただこうかな!」
玉塚さんはステージの中央で自分を鼓舞するように、颯爽とジョ〇ョ立ちをキメた(ちなみに13巻の表紙)。
オオウ。
普通の人がやるとイタいだけだが、玉塚さんがやると、悔しいけど絵になるな。
「キュン! 勇希先輩、5万キュンポイーント!」
「5万!?」
もう5万ポイントも入ったの!?
最初からトバしすぎじゃね!?
そんなんじゃすぐポイントがインフレするぞ!
だが観客席を見ると、女性客からは黄色い悲鳴が上がっていた。
結局イケメン(女性だが)は何をしても許されるんだな……。
「マイレディ、ちょっとここに座ってもらえるかな?」
「え、は、はい」
玉塚さんはその場に椅子を二つ並べて、沙魔美を手招いた。
そして上手側の椅子に沙魔美を座らせ、自分は下手側の椅子に座った。
「ちょっと待っててね。今、車を停めちゃうから」
「え?」
そう言うと玉塚さんは、左手を沙魔美の後頭部らへんに置いて、後ろを向きながら、右手は車のハンドルを切る様な仕草をして見せた。
こ、これは……!?
伝家の宝刀、『車の車庫入れ』や!
しかも玉塚さんのイケメンオーラの効果で、何もないはずの空間に、ハッキリと車が見えている!
その上この車は……ハイブリッドカー!
環境に優しい、ハイブリッドカーや!
流石イケメン、女性にだけでなく、地球にもさりげない気遣いを見せるとは、こいつは一本取られたぜ!(ノッてきた)
女性客もみんな目がハートになってしまっている。
「キュキュキュキューン!! 勇希先輩、1億キュンポイーント!!」
……。
早くも1億の大台に乗ってしまった。
こりゃその内、『5000兆ポイント』とかも出てくるぞ。
「お見事ですわ勇希先輩。さてこれで勇希先輩は合計、1億とんで5万キュンポイントですね。次は章造の番よ! あなたの芸人魂を見せなさい!」
「趣旨変わってるじゃねーか!?」
クソッ。
とはいえこれで大分厳しくなったな。
俺もせめてこのターンで1億ポイント前後は取らないと、このまま玉塚さんに逃げ切られてしまいそうだ。
ぶっちゃけ何をすればいいか頭の中は真っ白だが、アドリブで何とかするしかない!
俺は意を決して、ステージの中央に立った。
その時だった。
ステージと観客席の間に、AD風の格好をした伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサン(久しぶり!)が現れ、俺に向けて、『ボケて』とカンペを出してきた。
お前マジか!?
一応俺達は今、真剣勝負をしてる真っ最中なんだけど!?
だがチラリと沙魔美を見ると、『大爆笑を期待してるわよ』と言わんばかりの目線を、俺に送ってきた。
……勘弁してくれよ。
沙魔美をキュンとさせる対決じゃなかったのかよ……。
なんで俺の時だけ、新人芸人のオーディションみたいになってんだ……?
でもこうなった以上、何かしらボケないと逆にサムい空気になるのは必至だ。
……よし。
正直いつもツッコミ役ばかりでボケ側は苦手なんだけど、俺も覚悟をキメるぜ!
俺は両手を広げ、なるたけ大きな声で言った。
「サンバのリズムを知ってるかい。ハイ! ホホホイ、ホホホイ、ホホホイホーイ! ホホホイ、ホホホイ、ホホホイホーイ! デデーン」
ベテラン芸人の往年のギャグを、全力で丸パクリした俺だった。
案の定観客席は氷雪系最強の大紅蓮氷輪丸を喰らったかのごとく凍りつき、俺の心の中には、母なる海よりも広大な後悔だけが残った。
あのー、俺もう、帰ってもいいかな?
「ギャッハッハ! ギャーッハッハッハ!!」
「!?」
だが俺のそんなドンスベリギャグを見た沙魔美は、涙を流しながら笑い転げた。
お前意外とゲラだったんだな!?
「最高よ堕理雄! 5000兆キュンポイーント!!」
「な、何だって、マイレディ!?」
ほら出た! 5000兆ポイント!
こんなに早く出るとは思わなかったが……。
これはなんかもう、グダグダな対決になりそうな予感しかしないな……。
「クッ、まだだ! まだ終わらんよ!」
玉塚さんは有名ロボットアニメのイケメンパイロットの名台詞で、またしても自分を鼓舞した。
この人がやると何でもカッコよく見えるから、ズルいよな。
「次はボクのターンだ! いや! ずっとボクのターンだ!」
「た、玉塚さん、それは反則ですよ」
このイケメン、やりたい放題すぎる。
「マイレディ! ここに来たまえ!」
「は、はい!」
玉塚さんは再度沙魔美をステージの中央に呼び寄せた。
そしておもむろに沙魔美の顔の横辺りの空間を、右手の張り手で突いた。
こ、これは!?
日本一有名な女子がキュンとくる仕草、『壁ドン』!
ドンッ!
!?
今、何もない空間から、ドンッという音がしたぞ!?
ま、まさか……。
車に続き、壁までも、イケメンオーラで実体化させたというのか!?
見える! 見えるぞ!
『廊下は走らないこと』と張り紙がされた壁が!
あれは……高校の壁や!
甘酸っぱい青春が染み込んだ、築30年の、旧校舎の壁や!
嗚呼!
しかも、あの『廊下は走らないこと』と書かれた張り紙、あれは……再生紙や!
ここでも地球に対する、深すぎる気遣いが発揮されているで!(なんでさっきから俺、関西弁なんだろう?)
「キュキュキュキューキューキューキュッキュキューン! 勇希先輩、100
どこかで聞いたことのあるリズム!?
しかも那由多て……。
確か10の60乗だっけ?
こんなんもう、絶対勝てないじゃん……。
ハアー、沙魔美と別れたら、細々と続けてきたこの小説も最終回かあ。
晴れて俺も、ニートの仲間入りかあ(大学生だが)。
……いや、何情けないこと言ってんだ普津沢堕理雄。
まだあわてるような点差じゃない。
あきらめたらそこで連載終了ですよ。
わかり手はそえるだけ(?)の精神で、最後まで俺は戦い抜くぜ!
「さあ! 関根さんの元マネージャーの旦那! 泣いても笑っても、これがラストターンよ! 上方漫才大賞を獲ってきなさい!」
「完全に目的が変わってる!?」
まあいいさ。
後は当たって砕けるだけだ。
俺の20年の人生を全部懸けて、男を見せてやる。
だが、ステージの中央に立った俺を、またしてもADアーティスティックモイスチャーオジサンのカンペが襲った。
カンペには、『クールポコのモノマネをして』と書いてあった。
お前は鬼か!?
とうにブームを過ぎたネタ(失礼)をモノマネすることの危険度が、お前にはわからないのか!?
確かに俺は『男を見せてやる』とは言ったが、それはそういう意味じゃないぞ!?
だが俺が狼狽えていると、沙魔美が杵と臼を持って、俺に近付いてきた。
え、待って……本当にやるの?
沙魔美は杵を無言で俺に渡すと、こう言った。
「最近、同人誌即売会の前日に、徹夜はダメだって言われてるのに、徹夜する男がいるんですよ~」
「……」
もう
「な~~にぃ~~!? やっちまったな!!!!」
「男は黙って」
「15時出勤!」
「男は黙って」
「15時出勤!」
「あらら~、それじゃあほとんど売り切れちゃってるよ~」
「「クールクールクール魔女! オス! あっした!!!」」
ワッ!!!
観客席から割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
中には感動のあまり、涙を流している人もいる。
どういうことなの!?
今の流れのどこに、そんな感動する箇所があったよ!?
「……ボクの敗けだよマイライバル。キミと沙魔美は、平成の大助・花子師匠だ」
「はあ……」
「カッコよかったわよ堕理雄。あなたは、9999
「……そりゃどうも」
確か不可思議は、10の64乗だ。
事実上のカンストと言っても差し支えないだろう。
だが何故だろう、勝つには勝ったが、こうも釈然としない気分なのは……。
「ではボクはこれで失礼するよ。玉塚勇希はクールに去るぜ」
「……勇希先輩」
「ま、待ってください玉塚さん!」
「堕理雄!?」
「……何かなマイライバル。敗者に同情の言葉など無用だよ」
「別にそんなつもりで言うわけじゃないんですが……沙魔美が俺と別れるってのはやっぱりナシですけど、沙魔美が玉塚さんの公演に出演するだけなら、俺は構いませんよ」
「! 何だって!? それは本当かい!?」
「……堕理雄」
「玉塚さんは本物の演技をするためなら、私生活でも演じるキャラと同じ環境にならなきゃダメだって言いましたけど、一流のプロなら、まったく経験したことがないことでも、本物そっくりに演じきるものなんじゃないですか? ……まあ、これはトーシロの、ただの戯言ですが」
「……いや、マイライバルの言う通りだよ。……ボクも本当は気付いていたんだ。ボクのやり方では、いつかは限界がくるとね……。だが人間というのは、なまじ成功していると、自分の間違いを認めたがらない生き物だ。でもボクは変わるよ! 今後はたとえ後輩に恋した同性愛者の役があったとしても、立派に演じきってみせる!」
「勇希先輩!」
それは本当にメソッド演技じゃないんですよね!?
……まあ、いいですけど。
「……勇希先輩、私でよければ、先輩の晴れ舞台のお手伝いを、させていただきますわ」
「マイレディ……」
玉塚さんが沙魔美の手を優しく握ると、二人の背景に、先程よりも更に大量の百合の花が舞い散った。
……大丈夫かな。
よくある俳優カップルの馴れ初めみたいに、恋人役を演じてる内に、段々と二人の関係が……なんてことにならないよね?
俺が言い出したことだから、今更ナシにはできないけど。
「よし! では今からあの夕日に向かって二人で競争だ!」
「はい! 勇希先輩!」
まだ15時だから夕日は出てないですけどね。
ちなみにこれは余談だが、後日、玉塚歌劇団の公演本番中にテンションが上がった沙魔美が舞台上に伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンを召喚し、劇場を半壊させてしまったので、玉塚歌劇団はメチャゴイスー劇場を出禁になったのでしたとさ。
チャンチャン。