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第65魔:嗚呼ー!!!

「う……うう……しんどい……無理。……しんどい……無理」

「……大丈夫か沙魔美? どっかで少し休むか?」

「……そうね。泣きすぎて水分が足りない気がするから、何か飲み物を買ってくるわ。堕理雄はここで待っていて」

「ああ。一人で大丈夫か?」

「……多分。もしも10分経っても私が戻らなければ、私は死んだものと思ってちょうだい」

「思わないよ。お前はどんな紛争地域に飲み物を買いに行くつもりだよ」

「……私、無事に家に帰れたら、堕理雄を監禁するんだ」

「露骨な死亡フラグを立てるな! 監禁はさせないけど、必ず生きて帰れ」

「その台詞も相当な死亡フラグだけどね。さてと、堕理雄をからかったら少しだけ元気が出たから、ちょっと飲み物買ってくるわね」

「いってらっしゃい、からかい上手の病野さん」


 颯爽と歩いて行く沙魔美を見送った後、俺は近くにあった公園のベンチに腰掛けた。

 俺達は今日、安校アンコウの劇場版アニメの新作を観てきた。


 前作が去年の12月に上映されたばかりだから、僅か4ヶ月程で最新作が封切りになったわけだ。

 その更に前作が確か去年の9月くらいの上映だったので、どれだけハイペースで制作してんだよと素人の俺でさえ心配になってくる。

 現にパンフレットに載っていた監督のインタビューで、監督はここ半年以上、生まれて間もない娘さんの顔を一度も見ていないと語っていた。

 俺は思わず涙が零れそうになった。

 相当過酷な制作スケジュールだったろうに、俺が見る限りでは作品のクオリティはどんどん上がっていて、制作陣の並々ならぬプロ根性が、ひしひしと伝わってきた。

 沙魔美などは過去最高に号泣していて、特に、ライバル校の部長がプレ〇テ2からプレ〇テ3に乗り換えようとするのを、副部長が殴って止めるシーンでは、「嗚呼ー!!!」と叫びながら、滝の様な涙を流していた。

 時代は既にプレ〇テ5なんだけどなあ……。

 ちなみにもちろん今回も劇場限定の特典は、バッチリ8週分完備されている。

 お陰で俺と沙魔美はここ半年程は、週末映画館に通わなかった日のほうが珍しいくらいだ。

 映画館のスタッフさんにもすっかり顔を覚えられており、最近は「いつもありがとうございます」と、笑顔で声を掛けられるまでになった。

 絶対裏で変なあだ名つけられてるよ……(安校カッルとか?)。


「ちょっとよろしいかな、そこのジェントルメン」

「え?」


 不意に声を掛けられたので顔を上げると、そこにはサラサラの金髪ロン毛で、白タキシードを着て胸にバラの花を刺した、中性的な顔の超絶イケメンが立っていた。

 何だこの、CV緒方〇美みたいな人は!?

 出てくる小説間違えてませんか!?

 あなたはもっと、『悪役令嬢』とかのキーワードが付いてる小説に出るべきじゃ……(偏見)。


「実は道をお尋ねしたいのだが、少しだけお時間よろしいかな、ジェントルメン」

「あ、ああ、はい、大丈夫ですよ。どちらに行かれるんですか?」


 あとできれば、いちいちジェントルメンって言うのはやめてもらえませんかね?


「『パレス・フマージョ』というマンションなんだが、場所はご存知かな、ジェントルメン」

「え……」


 それって……。

 沙魔美が住んでるマンションだ。

 ……。

 まさかね。

 ただの偶然だろう。

 俺はベンチから立ち、西の方角を指差した。


「それでしたら、この道を真っ直ぐ行って、二つ目の信号を右に曲がって少し歩くと、見えてきますよ」

「おお! 実に助かったよジェントルメン! ボクは男性には興味がないが、もしもキミが素敵なレディだったら、抱きしめているところだよ」

「あ、それはどうも……」


 よかった、素敵なレディじゃなくて。

 こんなイケメンに抱きしめられてる現場なんかを沙魔美に見られたら、また薄い本が厚くなるところだった。


「アラ! 勇希ゆうき先輩!? 勇希先輩じゃないですか!」

「!」


 沙魔美の声がしたので振り返ると、飲み物を買ってきた沙魔美が、イケメンのことを親しげに、『勇希先輩』と呼んでいた。

 勇希先輩!?

 このイケメン、沙魔美の知り合いだったのか!?


「マ……マイレディー!!!」

「勇希せんぱーい!!!」


 二人はお互いに駆け寄り(その際に沙魔美はせっかく買ってきた飲み物をブン投げて)、熱い抱擁を交わした。

 えーーーー!?!?!?!?

 シンジラレナーイ!(ヒル〇ン監督)

 どういうことだってばよ!?

 俺は今、新手のスタンド使いの攻撃を受けているのか!?(錯乱)


「……会いたかったよマイレディ。また一段と美しくなったね」

「いやですわ。先輩こそ、より一層素敵になられて……。さぞかしおモテになるんでしょうね」

「フ……どんなに他の女性にモテても、キミに想いが通じなければ、意味などないさ」

「……先輩」


 ……。

 シンジラレナーイ!(天丼)

 何なんだよもー。

 沙魔美のやつ、あんだけ俺に好き好き言っといて、ちゃっかり本命は別にいたんじゃねーかよー(しかもこんな超絶イケメン……)。

 はー……死にたい。

 できれば大量の猫に覆い被さられて、窒息死したい(現実逃避)。


「先輩! 紹介しますね。こちらは私の彼氏の、堕理雄です!」

「え!?」

「なっ!? マイレディ!? 今、何と!?」


 オイオイオイ、死ぬわオレ。

 本命彼氏にお遊び彼氏を堂々と紹介するなんて、お前はバカなのか?

 案の定本命彼氏が、鬼の様な形相で俺を睨んでるじゃないか。


「……マイレディ、ボクの聞き間違いかな? 今、ボクの耳には、キミが『彼氏』と言ったように聞こえたんだが」

「ええ! 私にもやっといつでも好きな時に監禁させてくれる、都合のいい男が出来たんです!」


 言い方ッ!

 お前にとって『彼氏』ってのは、そういう存在だったのか!?

 だとしたらお前が浮気してなかったとしても、どの道お前とはやっていけないよ!(憤怒)


「堕理雄、こちらは私の高校時代の先輩の、玉塚たまづか勇希先輩よ」

「え?」


 高校の先輩?

 ただの?

 じゃあ別に、浮気はしてなかったってこと?

 ……でも、とてもただの先輩後輩には見えなかったけどな。

 あれ? 待てよ。

 確か――。


「……沙魔美、お前の高校って、って言ってなかったか?」

「そうよ。勇希先輩はこう見えて、なのよ! 高校時代は全校生徒にとって、憧れの存在だったんだから! もちろん、私にとってもね」

「……」

「……ジェントルメン、いや、マイライバルよ! 今からマイレディ沙魔美を賭けて、ボクと勝負だ!」


 ……えぇ。

 なんで菓乃子といい、俺の恋のライバルは、いつも女の人ばっかりなんだ……。




「まあ、何てことなの! 二人共! 私のために喧嘩はやめて!!」


 沙魔美は眼を爛々と輝かせながら言った。

 さてはこいつ、菓乃子が女の子が一度は言ってみたい台詞一位を言ってるのが、ずっと羨ましかったんだな。

 ここぞとばかりにブッ込んできやがった。


「キミは黙っていてくれマイレディ。これは、男と男の勝負なんだ!」


 ……。

 いや、あなたは女性でしょ?

 この人も大分アレな人だな。

 最近娘野君といい、性別がややこしい人がやけに多くない?

 これも世相なのかな……。


「というわけだ、マイライバル。ボクが勝負に勝ったら、沙魔美はボクがもらう! よろしいな!」

「いや、急にそんなことを言われましても……。正直俺はまだ、事態が飲み込めてないんですが……」

「そうですわ勇希先輩! 勝負自体はやぶさかではありませんが、急に今日来られた経緯を説明してください!」


 お前今、勝負自体はやぶさかではないって言いやがったな!?

 完全に二人の男(正確には一人の男と一人の女)が、自分を取り合うというシチュエーションに酔ってやがる。

 沙魔美は見た目は良くても、性格がクレイジーサイコ魔女(?)だから、意外と男にはモテなかったみたいだからな。

 内心、こういうシチュエーションに憧れていたのかもしれない……。

 付き合わされるこっちは、堪ったもんじゃないが。


「……やっと準備が整ったんだよ、マイレディ」

「準備?」

「ああ、この度、ボクが座長を務めている『玉塚歌劇団』が、あの『メチャゴイスー劇場』で、公演を打てることになったんだ」

「まあ! それって、ずっと先輩の夢だった……」

「ああ、そのメチャゴイスー劇場だよ」

「あ、あのー」


 次々に知らない単語が出てきて、頭の中がポヤンチン(造語)なんですけど……。


「勇希先輩はね堕理雄、高校時代演劇部の部長だったの。女性なのに男役を演じてて、それはそれはカッコ良かったんだから。だから高校を卒業したら、自分で女性だけの歌劇団を立ち上げるって、いつも言ってらしたのよ」


 メッチャ聞いたことのある劇団だ!

 字面も何か似てるし……。

 明らかに二番煎じだけど、大丈夫なのかな……?


「そしていつか日本一の劇場と言われている、メチャゴイスー劇場で公演を開くのが夢だって、私に話してくれてましたよね」

「そう、そして今、宿願叶って遂にその日が来たのさ! ……でも、一つ問題があってね」

「問題?」

「主演の男役はもちろんボクがやるんだが、肝心のヒロイン役が、適任がいなくてね……」

「……ヒロイン」

「そのヒロインは黒髪の絶世の美女なんだが、愛に偏執的なところがあって、愛が重いあまり、恋人である主人公のことを地下室に監禁してしまう役なんだ」

「!」

「そのヒロイン役を是非、キミに演じてもらいたいと思って、スカウトに来たんだよ沙魔美。ボクは高校時代からずっと、キミには女優の才能があると思っていたんだ」

「そ、そんな!」


 確かに適任すぎる!

 むしろ当て書きですよねそれ!?

 役作りいらねーじゃん。


「そのためにいろいろとアレコレして、キミの住んでるマンションの住所を調べて、今日ここに来たというわけさ」

「……勇希先輩」


 最後にサラッと怖いこと言ったぞ!?

 もしかしてこの人もヤンデレキャラなのか!?

 もうヤンデレは完全にキャパオーバーですよ!

 これ以上の無理なご乗車はお止めください!(錯乱)


「で、でも、私なんかに務まるかしら……。私そんな、監禁とか……したことないし」


 いやバリバリオーソリティーだろーが!

 何かまととぶってんだよ!

 むしろ地下室どころか、一話冒頭でいきなり伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンの体内に俺を監禁しようとしたこと、忘れてねーからな!


「大丈夫、キミならきっとできるよ、ボクを信じてくれ。だから、一刻も早くこんな男とは別れて、ボクのものになってくれ、沙魔美」

「……先輩」

「ちょ、ちょっと待ってください! だからってなんで俺と沙魔美が別れるって話になるんですか!? 別に公演に沙魔美が出演したいって言うなら、俺は止めませんし、それでいいじゃないですか!」

「トーシロは黙っていたまえ!!」

「トーシロ!?」


 業界用語……。


「芝居っていうのはそんな甘いものじゃないんだよ! もしも主人公とヒロインがストーリーの中で深く愛し合っているのなら、現実でも同じだけ愛し合っていないと、本物の芝居なんてできないんだ!」

「そ、そんな」


 それはいささか暴論じゃありませんか……?

 所謂『メソッド演技』ってやつなのかもしれないけど、有識者が言ってる通り、メソッド演技は諸刃の剣だと俺も思う。

 俺も芝居は素人なので詳しくは知らないが、メソッド演技っていうのは、ザックリ言うと『自分の経験を基に芝居を作る』ってことだそうだ。

 例えば野球選手の役があったとして、野球の未経験者よりは、経験者のほうが、実体験を基により自然な演技ができるとか、そういうことらしい。

 確かに一理あるかもしれないが、その理屈だと、殺人犯の役を演じる人は、実際に人を殺さなきゃいけなくなってしまう(藤原〇也なんて、作中で累計何人殺してると思ってんだ?)。

 今の話だってそうだ。

 役作りのために沙魔美を俺と別れさせるなんて、そんなのは横暴以外の何物でもない。

 何より――。


「……申し訳ありませんが、その話は承諾しかねます」

「……ホウ。何故だい?」

「そもそも役作りのために別れるってこと自体がおかしいと思いますし、何より俺は、誰よりも沙魔美を愛しています」

「! ……堕理雄」

「たとえどんな理由があろうと、俺が沙魔美と別れるなんてことは、絶対に有り得ません」


 俺は玉塚さんの眼を真っ直ぐに見て、そう言った。


「……クククク」

「?」


 俺の言葉を受けて、玉塚さんは不敵な笑みを浮かべた。


「いいだろう。流石マイレディの選んだ男だけはある。よろしいならば戦争だ!」

「……受けて立ちます」

「嗚呼ー!!!」


 ……。

 夢にまで見たシチュエーションが現実になったことで、またしても叫喚しながら滝の様な涙を流している、沙魔美であった。


 俺と玉塚さんの対決は、後半に続くゼーット!!(久しぶり)

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