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第64魔:最短でも3周

「紹介するわね菓乃子氏、この子が堕理雄の彼氏の、琴男きゅんよ!」


 彼氏!?


「えっ!? 沙魔美氏、彼氏って……」

「沙魔美、勝手なことを言うな、娘野君が困惑してるだろ。ごめんね娘野君、基本的に沙魔美の言うことは、全部無視していいから」

「は、はあ」


 よくわからないけど、普津沢の彼女さんなりのジョークなのかな?

 あの後マイエンジェルとシスタープリンセスと俺と普津沢の四人で、夕方まで肘大の中を回ったのだが、シスプリはずっと普津沢に付きっ切りだし、マイエンは終始、好きなカニの種類は何か? という話題しか、俺に振ってくれなかった……。

 もしかして俺って、嫌われてるのかな……?

 いや、そんなことはないはずだ!

 だとしたら放課後、こうして普津沢のバイト先である『スパシーバ』に招待なんてされないだろう。

 少なくともついさっき合流した、普津沢の彼女さんには好感触みたいだし、これを機に、俺もなろう系ハーレム主人公の仲間入りを果たしてやる!

 そして宿願の、童貞チェリーブロッサム卒業マイグラデュエーションを達成してみせる!!


「そしてこちらが私の彼女の菓乃子氏よ、琴男きゅん」


 えっ!? 彼女!?


「ちょ、ちょっと、沙魔美氏……」

「待たんかい魔女! 菓乃子はウチの女やろがい!」


 ウチの女!?!?


「上等よ! アニメの方は一旦一区切りついたけど、こっちでは『肘川館Tо Lieあんぐる』の2クール目を放送して、白黒決着つけてやろうじゃない! この外来魚が!!」

「返り討ちにしたるわ! 表出ろや!」

「二人共! 私のために喧嘩はやめて!!」

「「!!」」


 ……百合修羅場や。

 悪くない。

 まさかこんな砂かぶり席で百合修羅場を堪能できるとは――。

 これだけでスパシーバここに来た甲斐あるぜ。


「沙魔美、ピッセ、その辺にしておけ。今日は真衣ちゃんと娘野君の入学祝いなんだから」

「そうですよ悪しき魔女! もっと私をフューチャーしなさい!」

「真衣ちゃん、それを言うならフィーチャーね? フューチャーは『未来』だよ」

「流石お兄さん! 今日もツッコミがマキシマムザホルモンですね!」

「その場のノリだけでしゃべるのはやめてもらえないかな……」


 キー!! 普津沢め!!

 あんなにシスプリとイチャイチャしやがって!

 しかもそれを何でもないことのように振る舞ってるのが、尚ムカつく!

 お前の名前の漢字が、『普津沢堕理雄』なのはさっき聞いたからな。

 これで後はデス〇ートさえ手に入れれば、いつでもお前を屠れるんだから、実質お前の命は俺が握ってるようなもんだぞ!

 あんま調子に乗るなよ!

 それにしても、フルネームが漢字六文字って長すぎじゃね?

 パッと思い付く限りでは、声優の森久保祥〇郎くらいしか俺は知らないぞ。


「オイ、ジブン」

「え!? お、俺ですか……?」


 半魚人のコスプレをしているドエロメイドさんが、俺に近付いてきて、俺の顔を覗き込んだ。

 はわわわわわ。

 近い近い近い近い。

 数センチ口を突き出せば、チュウできちゃうくらいの位置だ(そんな勇気ないが)。

 その上ドエイドさんのほうが俺より背が高いため、ドエイドさんが屈むような格好になっているので、俺からドエイドさんの胸の谷間がガッツリ見えている。

 あれ!?

 ドエイドさんって、もしかして……ノーブラなんですか!?(ノーブランドの略じゃないよ)

 今俺の目の前には、ノーブラのドエイドさんがいるのか!?

 こんな展開、快〇天でしか見たことねーぞ!?


「ジブンホンマに男なんか?」

「え……そうですけど」


 ドエイドさんがドスを利かせた声で言った。


「フン、とてもそーは見えんなあ。身体も華奢やし、顔は女にしか見えへんし。男やったらもっとシャンとせんかい! ウチは、なよっちい男がいっちゃん嫌いやねん!」

「ブ、ブヒィッ!」

「ブヒィッ!?」


 くふうっ!

 こんなドエイドさんに罵ってもらえるなんて、今日は人生最高の日だ!

 今のワン罵りだけで、ご飯三升はイケるぜ!


「……キモ」

「え!?」


 シスプリが俺のことを、ゴミを見るような眼で見て言った。


「ピッセさんに罵られてそんな恍惚とした顔をしてるなんて、君キモいよ!」

「!」

「コ、コラ、真衣ちゃん、そんなこと言っちゃダメだよ……」

「お兄さんは口を出さないでください! 君、私とタメなんだよね? だったらハッキリ言わせてもらうけど、お兄さんみたいに男らしくならない限り、いつまで経っても、君はキモいままだからね!」

「ブヒャッフ!」

「ブヒャッフ!?」


 くはっふ!

 こんなロリ体型のカワイ子ちゃんに、ゴミを見るような眼で『キモい』とまで言ってもらえるなんて、もしかして俺は今日、死ぬのか?

 今日だけで、一生分の運を使っちまってる気がするぞ?


「流石琴男きゅん、私が見込んだだけのことはあるわね。十年に一人の逸材だわ」

「お前に見込まれてもな……。お前が下手に背中を押したことで、娘野君が変な道に進んじゃったらどうするつもりなんだよ」


 うるせーな黙れ普津沢!

 よくわからないけど、彼女さんが俺のことを褒めてくれてるんだから、じっくり浸らせろや!!


「そんな逸材を基に描いたネームがこちら! 菓乃子氏……いや、チーフアシ! 早速だけど、読んでもらえるかしら?」

「え!? ここで!?」

「沙魔美! お前本当に描いたのか!? その……俺と……娘野君で?」

「ザッツライ!」

「……ジーザス」

「師匠の彼女さん、それって漫画のネームですか?」

「そうよ! 琴男きゅんを題材に描いたの! 読んでみる?」

「あ、そうですね……」

「娘野君! 悪いことは言わないから、読まないほうがいい! ……読んだら君はきっと、俺とメッチャ気まずくなるよ……」

「え……」


 普津沢の言うことなので逆らいたい気持ちがムクムクと膨らんだが、普津沢があまりにも憂いを帯びた眼をしていたので、ここは癪だが従っておくことにした。

 何より俺の本能があの原稿はヤバいと、ガンガンに警鐘を鳴らしている。

 原稿から、禍々しいオーラが漂っている気さえする……。

 内容は気になるが、童貞チェリーブロッサム危うきに近寄らずだ。


「……じゃあ、僭越ながら読ませていただきます」


 !?

 さっきまで優しい大人のおねえさん風だった茶髪美女が、一瞬でプロの編集者の様な険しい顔つきになった。

 そして高速且つ、それでいて丁寧に次々原稿をめくり、五分もしない内に全ての原稿に眼を通した。

 読み終わった後茶髪美女は、原稿を綺麗に揃えてから普津沢の彼女さんに返し、こう言った。


「……エクストリームヘヴンフラッシュだね」


 ……何それ!?

 意味はまったくわからないが、何となく、凄く褒めてるんだろうなということは伝わってくる。

 普津沢の彼女さんもその答えをなかば予想していたのか、清々しい程のドヤ顔で、ウンウンと頷いている。

 よっぽど自信があったのだろうか……。


「でも敢えて一つだけ言わせてもらえるなら、このページの琴男きゅん君の台詞はむしろ全部カットして、表情だけで心情を表すようにしてみるのもアリなんじゃないかな?」


 琴男きゅん君!?

 何ですかその、『さ〇なクンさん』みたいなネーミングは!?

 別に『琴男きゅん』は、俺の本名じゃないんですが……。


「流石チーフ。同人界の諸葛孔明と呼ばれているだけはあるわ。見事な指摘よ」

「私はその二つ名は初めて聞いたけど……」

「早速家で描き直してくるわ! それではみなさん、ごきげんよう!」

「オイ! 沙魔美、待て!」


 普津沢の彼女さんが指をフイッと振ると、彼女さんは昼間会った時と同様、煙の様に姿を消した。


「なっ!? 師匠! 昼間も思いましたけど、彼女さんはマジシャンなんですか!?」

「君のその『師匠』って呼び方はただのあだ名だと思って気にしないことにするけど、まあ、マジシャンみたいなものだと思ってもらえればいいよ」

「……」


 何だか歯切れの悪い言い方だが、何か秘密でもあるのか?

 例えば、彼女さんは『魔女』だとか?

 ……まさかね。


「はいはーい、みなさん、真衣ちゃんと琴男きゅんの入学祝いに、私がピザを焼きましたよー」

「え!?」


 唐突にマイエンが、直径1メートルくらいのピザを、掲げて持ってきた。

 どうやって焼いたのそれ!?

 こんな小さな店に、そんなデカいピザを焼けるくらいの窯があるの!?


「私の好物の、各種カニをふんだんに使った、シーフードピザですよー」

「!」


 マイエンはカニが好物だったのか。

 だから昼間、俺に好きなカニの種類を何度も聞いてきたんだな。

 てことは、少なくとも俺、マイエンには嫌われてないってことじゃん!

 いや、ひょっとしたら、マイエンは俺に気があるのかもしれない!

 こりゃ、童貞チェリーブロッサムを捧げるなら、マイエンに決まりかな!?


「ちょっと琴男きゅん、言っときますけど、私は攻略難度高いですからね。最短でも3周はしないと、私は攻略できませんよ」

「ファッ!?」


 俺の心を読んだんですか!?

 もしかして、マイエンは『忍者』の末裔だったりするのか?

 ……まさかね。

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