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第63魔:失敗した合コン

「見て堕理雄、桜が満開ね!」

「そうだな」


 肘川大学の正門から入ってすぐのところに、大きな桜の木が一本だけ立っている。

 今はその桜が、見事なまでに満開だ。

 昨日見た親父とお袋の夢の中では、桜はまだ咲いていなかったが、現実ではすっかり見頃の時期だったわけだ。


 今日から俺と沙魔美は、大学三年生になった。


「私達って大学に通ってたのね。最近全然大学の描写がなかったから、とっくに退学したと思ってたわ」

「そんなわけねーだろ。描写されてないところでは、ちゃんと通ってたんだよ」


 どうしても俺の家とか、スパシーバとかが舞台になりやすいので、大学のシーンはカットされがちだけどな。


「普津沢さん、沙魔美さん、おはようございます」

「ああ、おはよう、未来延ちゃん」

「ごきげんよう、未来延さん」


 未来延ちゃんがいつも通り、溌剌はつらつとした笑顔で歩いてきた。


「まだお二人だけですか?」

「そうだね、そろそろ来る頃だと思うんだけど」


 今日はここで、もう一人待ち合わせをしている人物がいるのだ。


「おはようございます! お兄さん!」

「あ、来たね。おはよう、真衣ちゃん」

「何か私服で学校に来るのって、新鮮です!」

「ああ、俺も入学当初はそうだったな」


 真衣ちゃんもこの春から、肘大生になった。




 最初にその話を聞いた時は驚いた。

 何故なら真衣ちゃんの通っていた高校は、ああ見えて(失礼)偏差値が相当高かったからだ。

 その中でも真衣ちゃんの成績は上位のほうだと聞いていたし、てっきり俺は、国立の大学辺りに進学するものだと思っていた。

 それがこんなFラン大学に入学してくるなんて、何て勿体ないことをするのだと、俺は嘆いた。

 まあ、真衣ちゃんの人生は真衣ちゃんのものだし、俺にとやかく言う資格はないのだが。

 それにしても、真衣ちゃんは肘大のどこに、そんなに魅力を感じたのだろう?

 前に肘大を志望した理由を、真衣ちゃんに聞いたら、


「そんなこともわからないんですか! じゃあ、お兄さんの卒論のテーマは、『妹が肘大を志望した理由の考察』にしてください!」


 と、とんでもない無茶振りをされたので、すぐに退散した。

 そんなテーマで卒論を出したら、絶対に単位もらえないよ……。


 ちなみに沙魔美の通っていた女子校も進学校だったらしく、真衣ちゃんと同様に、肘大の志望理由を聞いたところ、


「女の勘が、この大学で素敵な出会いがあると囁いていたのよ」


 とのことだった。

 まあ、俺との出会いを『素敵な出会い』と言ってもらえるのは光栄だが、進学という人生の岐路で、女の勘を優先する辺りが、沙魔美の沙魔美たる所以なのだろうとは思う(良いか悪いかは別として)。


 ついでと言っては何だが、未来延ちゃんの志望理由も紹介しておくと、


「家から近いからです」


 と、流〇楓リスペクトの答えが返ってきた。

 なんで俺の周りには、才能の無駄遣いをしている人しかいないのだろうか……。


「ではお兄さん! 早速校舎内のご案内、よろしくお願いします!」

「うん、じゃあ行こうか」


 今日は真衣ちゃんに、俺達が大学の中のことを、いろいろと教えてあげると約束していたのだ。

 さてと、まずはどこから回ろうかな。

 ちなみに今日真衣ちゃんが着ている服は、先日の誕生日に、柳原……もとい、柳葉というショップ店員に買わされた、カットソーだ。

 大分大きめのサイズを買ってしまったため、それはそれはぶかぶかだったのだが、流石に見兼ねた沙魔美が、魔法でダウンサイジングしてあげたのだ。

 まあ、沙魔美の誕生日プレゼントはラバーカップという完全な嫌がらせ品だったので、期せずしてちゃんとしたプレゼントができたということで、結果オーライとしよう。


「あー! 見付けた! フツザワダリオ!」

「え?」


 突然聞き覚えのない声で名前を呼ばれたので声のしたほうを向くと、そこにはボーイッシュだが、とても可愛い女の子が立っていた。

 ……誰?


「……えっと、どちら様でしたっけ?」

「あ、いや、その……何て言うか……」

「?」


 何だこの子?

 『見付けた』という口振りから察するに俺のことを探していたらしいが(この子も新入生かな?)、その割には、話し掛けたら急に挙動不審になったぞ?

 でもこの子、どこかで見たことがある気がするんだけど……。


「……堕理雄、あなた私の知らないところで、またハーレム要員を増やしていたのね……? 覚悟はいいかしら?」

「よくないよ! それに、俺がいつハーレムを築いたってんだよ!?」


 最強にして最凶にして最狂の正室である沙魔美がいるのに、ハーレムなんて築けるわけねーだろ!


「フン、自覚がないっていうのは、最も罪深いことの一つよね」

「? 何言ってんだよお前……」

「あのー? 痴話喧嘩中に申し訳ないんですがお二人共。この方は多分、前にスパシーバにいらっしゃったことがある方ですよ」

「「え?」」


 未来延ちゃんに指摘されて、もう一度もじもじしているボーイッシュちゃんを見たところ、俺の灰色の脳細胞がピンと閃いた(ちなみに名探偵に限らず、脳細胞は誰でも灰色らしい)。

 そうだ。

 確かにこの子は、前にスパシーバに来たことがある。

 あの時はマヲちゃんやら多魔美やらも来て、スパシーバがハチャメチャだったから、印象に残っている(※43話参照)。


「よく覚えてたね、未来延ちゃん」

「一度でもご来店されたことのあるお客様の顔は、絶対に忘れませんよ私は。何せ私は、イタリアンレストランの娘ですからね」


 イタリアンレストランの娘に求められるハードルが高すぎる。

 全国のイタリアンレストランの娘さんが泣いてるよ?

 でもそうか。確かにあの時は、みんなが俺の名前を何度も呼んでいたから、この子も俺の名前を知っていたのか。

 ただ、店員と客として一度しか会ったことのない俺なんかに、いったい何の用だろう?

 まさか沙魔美が言うように、ハーレム要員に加えてほしいなんてことはないだろうが。


「あの! フツザワさん!」

「え!? は、はい」


 ボーイッシュちゃんが覚悟を決めた顔で、俺に言った。


「俺を、フツザワさんの弟子にしてください!」

「むむっ!?」


 ……弟子入り志願だった。




「えーと、つまり……どういうことだってばよ?」

「ですから! 俺をあなたの弟子にしてもらいたいんです!」

「なるほど、俺の聞き間違えじゃなかったんだね。ちょっと待ってね。今、第69回普津沢会議を開くから」

「え? 何ですかそれ?」


 さてと。

 一気にいろんなことが起き過ぎて、俺の16ビットの脳味噌じゃ処理しきれないな。

 まずこのボーイッシュちゃんが『俺っ娘』だというのはわかった(そこかよ)。

 なかなか徹底したキャラ作りだ。

 お湯を被ると男になったりするのかな?

 ただ、弟子にしてほしいというのだけは、意味がよくわからない。

 俺は弟子は取ってないし、そもそも何かの師範でもない。

 ひょっとして、誰かと勘違いしてるのかな?


「ごめんね。もしかして誰かと間違えてないかな? えーっと……何ちゃんだっけ?」


 そもそも名前って聞いてたっけ?


「俺の名前は娘野この琴男ことおです! あと、勘違いしてるようですけど……俺は、ですから!」

「ファッ!?」


 ニャッポリート!

 本日最大の衝撃!

 こんな可愛い子が女の子のはずがない!

 間違えた。

 こんな可愛い子が男の子のはずがない!

 でも、そう考えれば、男っぽい話し方とか、腑に落ちる点もあるのは確かだ。

 ……ジーザス。

 いつも思うけど、俺が思ってるよりも、世界はまだまだ広いんだな……。


「あー、それは失礼だったね、娘野……君。でも、俺に弟子入りして、いったい何を教えてほしいの?」

「はい! それは……女性にモテる秘訣です!」

「え……」


 何言ってんだこの子……。

 いや、女の子じゃなくて、男なんだっけ。

 ううむ、まだ感覚が慣れないな。


「娘野君、君こそ勘違いしてるみたいだけど、俺は別に、女性にモテててないよ」

「ファーーーック!!!」

「!?」

「あ! すいません……取り乱しました」

「あ、ああ……大丈夫だよ、気にしないで」


 今確かに、「ファーーーック!!!」って言ったよね!?

 その顔でそういうこと言われると、あまりのギャップに、俺の16ビットの脳味噌がブルースクリーンになりそうなんだけど……。


「フツザワさん、自覚はないのかもしれませんが、あなたはモテています。むしろ、タイゾウモテキングサーガです」

「あ、はあ……」


 そのネタ、今の若い子に伝わるかな……?


「俺ずっと、あなたみたいなモテ男に憧れてたんです! だからお願いです! あなたのモテテクを、俺に伝授してください!」

「モテテクって……」


 困ったな。

 娘野君は見た目に反して、大分色欲が強いみたいだ。

 むしろ黙ってれば男の人からはモテそうだけど、娘野君の言ってるのは、そういうことじゃないんだろうな。

 でもなあ……。

 本当に俺も、モテテクなんて、持ってないしな。

 どうしたもんかな。


「ちょっと待ってください! さっきから黙って聞いてれば、つまりあなたは、お兄さんのになろうとしてるってことですよね!?」

「真衣ちゃん!?」


 話がややこしくなるから、できればじっとしててもらえないかな!?


「ブ、ブヒィッ!」

「娘野君!?」


 何故君は真衣ちゃんに詰め寄られて、そんな恍惚とした表情になってるの!?

 君、さては相当な上級者だな!?


「もうこれ以上、お兄さんの兄弟を増やすわけにはいきませんよ! 本来お兄さんの兄弟ポジは、私だけのものなんです!」

「真衣ちゃん……」


 何なのだろう、真衣ちゃんのこの、俺の妹になることへの執着は……?


「い、いえいえ! シスタープリンセス様! 俺は『弟子』にしてほしいだけで、別に『弟』になろうとしているわけでは……」

「シスタープリンセス様!?」


 何ひとの妹に妙なあだ名つけてるんだよ!?

 お兄さん許しませんよ!


「オ」

「え?」


 珍しく一言もしゃべらずに俺達の遣り取りを見ていた沙魔美が、突然謎の言葉を発した。


「オ……オ……オ……」

「さ、沙魔美……?」


 遂に壊れたか?

 前々から、いろんなところがバグってたもんな(失礼)。


「男の娘キターーーーーー!!!!」

「沙魔美ーーーーーー!?!?」


 急にどうした!?


「遂にキタわ!! 待望の男性キャラが!! 普通のラブコメなら、主人公の親友ポジの男性キャラが一人はいるはずなのに、堕理雄はボッチだから、ずっとB妄想ができなくて寂しかったの!」

「勝手にひとのことをボッチ認定するな!」


 ボッチはお前だろ!(今は菓乃子という親友がいるが)

 俺にだっているよ、男友達の一人や二人!

 でもお前がそんな性格だから、怖がってみんな離れてったんだよ!


「それに仮に親友がいたとしても、お前は自分の彼氏とその親友で、B妄想すんのか? お前は浮気は許さないんじゃなかったのかよ」

「それはそれ! これはこれよ! B妄想は別腹なのよ! 初心者は黙ってて!!」

「初心者って……」


 別に俺は、腐男子じゃないんだが……。


「あのー、B妄想って、何のことですか師匠?」

「あ、いや、何でもないよ娘野君」


 てか君今、サラッと俺のこと、『師匠』って呼んだでしょ?

 まだ弟子入りを認めてはいませんよ、俺は。


「大丈夫よ琴男きゅん。私の手であなたと堕理雄を、最の高なカップリングにしてあげるわ!」

「え? え? え?」

「よさないか沙魔美!」


 それに何だよ、『琴男きゅん』って。


「正直私、今まで男の娘は守備範囲外だったんだけど、これを機に……頑張ってみるわ!」

「頑張るな! 頼むから、頑張らないでくれ!」

「師匠、頑張るって、何をですか?」

「気にしないで娘野君! あと、俺のことを師匠と呼ぶのはやめてね?」

「え、でも……」

「じゃあ私、今から家でネーム描いてくるから、後はよろしく!」

「待て! 沙魔美!」


 沙魔美が指をフイッと振ると、沙魔美は煙の様に姿を消した。


「あれっ!? 師匠、彼女さんはどちらにいかれたんですか!?」

「多分、家に帰ったんだと思うよ……」


 そして一心不乱に、俺と娘野君の、同人誌のネームを切っているのだろう……。

 どうでもいいけど、どっちが受けなのかな?

 ……いや、これ以上考えるのはよそう。


「では、ちょうど男女二対二になったことですし、これから失敗した合コンみたいな体で、四人で大学内を回りましょうか?」

「え!? 合コンですか!? マイエンジェルさん!!」


 マイエンジェル?

 君、未来延ちゃんにも勝手に変なあだ名つけてるの?


「じゃあ私は、お兄さん狙いでいきます!」

「……」


 真衣ちゃん、普通そういうのって、本人には言わないもんじゃない?

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