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第59魔:100%

「で、あるからして、みなさんが本日卒業式を迎えることができたのは、保護者の方々や先生方の支えがあったからこそなのです。で、あるからして、みなさんは本校を卒業してからも、そのことを忘れずにそれぞれの進路を歩んでいただきたく、で、あるからして――」


 『で、あるからして』って言いすぎじゃない?

 校長先生の話が長いのは、最早日本の様式美なので目をつぶるとしても、こうも『で、あるからして』を連呼されると、『で、あるからして』がゲシュタルト崩壊してきて、全然内容が入ってこない。


「で、あるからして、で、あるのであるから、で、あるからして、で、あるからあるから、あるからして、あるあるあるあるあるからして、あーるあるある、ねるねるねるね、ねるねるねーる、ねるねるねるね。以上です」

「校長先生、ありがとうござました。続きまして――」


 何今の!?!?!?

 最後の頃、駄菓子の名前言ってたし。

 前から思ってたけど、この学校ちょっとオカシイよね?

 誰も疑問に思わないのかな……。


「答辞。卒業生代表、夜田真衣」

「ハイ!」


 真衣ちゃんが元気よく声を上げ、前に歩いていった。


 今日は真衣ちゃんの卒業式だ。




「頑張ってマイシスター。お姉さん応援してるわよ。今だけ巨乳になる魔法掛けてあげようかしら」


 俺の右隣に座っている、黒い礼服姿の沙魔美が言った。

 ちなみに俺はまた、慣れないスーツ姿で窮屈している。


「絶対やめろ。それで第二ボタンがパーンして、みんなの前でポロリなんかしたら、真衣ちゃんにとって、今日という日が一生の黒歴史になるぞ」

「そんなそそること言われたら、俄然私の指が疼いてきたわ」

「オイ、本当にやめろよ? これはフリじゃないからな? 真衣ちゃんの晴れ舞台を傷物にしたら、本気で怒るぞ」

「静まれ! 私の右指!」

「中二病っぽい台詞を吐くな」

「ハハッ、相変わらず仲が良いな、堕理雄と沙魔美ちゃんは」


 俺の左隣に座っている、同じく黒い礼服姿の親父が言った。

 ただでさえ厳つい見た目をしている上、右腕もないので、完全に裏社会の人間にしか見えない。

 まあ、実際親父の実家は、ゴリゴリの裏社会なのだが。


「冷やかすなよ親父。そういうこと言うと、沙魔美はすぐ調子に乗るんだから」

「光栄ですわお義父様。明日辺り、堕理雄さんとの結納を執り行おうと思うのですけど、ご都合はいかがでしょう?」

「オウ、俺は空いてるぜ」

「俺は空いてない。そもそもまだ結納の予定はない」

「頭が固いわね堕理雄は」

「頭が固いな堕理雄は」

「……」


 コイツらよく考えたら似た者同士だな。

 常に人をおちょくってるとことか、そっくりだ。


「フフフ、大変ね堕理雄君」


 親父の左隣に座っている、黒いマタニティースーツを着た冴子さんが言った。

 もう大分お腹も大きくなっており、臨月も近そうだ。


「え、ええ、それはもう……」

「でも竜也さんが言った通り、仲が良さそうで羨ましいわ」

「あ、はあ」


 うーむ、イカンな。

 最近夢とはいえ、親父と冴子さんの高校時代を追体験しているので、正直言って、滅茶苦茶気まずい。

 もちろんあくまであれはただの夢なので、事実とは限らないのだが……。

 しかし、先日の夢では別れてしまった親父と冴子さんが、今ではこうして夫婦になっているのだから、人生というのは、つくづくどう転ぶかわからないもんだ。


「春の訪れを感じるこの良き日、私達三年生一同は無事、卒業式を迎えることができました」

「あ! 堕理雄、マイシスターの答辞コントが始まったわよ!」

「コントじゃねえ。黙って聞いてろ」


 しかし凄いよな真衣ちゃんは。

 卒業生代表に選ばれるなんて。

 落ちこぼれだった俺とは大違いだ。

 頑張れ真衣ちゃん。

 お兄さんは陰ながら応援してるぜ。


「校長先生をはじめ、日々励ましを下さった先生方、ご来賓の方々、保護者の皆様。本日は私達のために、誠にありがとうございます」


 おお。

 流石真衣ちゃん。

 凄くちゃんとした答辞じゃないか。


「思えば三年前、不安と期待に胸を膨らませ学校の門をくぐりました。あの日から三年間、数えきれない程の思い出を、仲間と共に作ってきました。……みんなで一丸となって練習に励んだ」

「「「「合唱コンクール」」」」

「歯を食いしばって頑張った」

「「「「部活動」」」」


 呼びかけだ。

 やったなー、俺の卒業式の時も。

 まあ、俺の卒業式の時は菓乃子と進路が別れることがショックで、正直ずっと式の最中、上の空だったのだが……。


「文化祭の出し物の劇でやった」

「「「「白雪姫」」」」

「思えば、あの日が初めてお兄さんがこの学校に来てくれた日でした」


 ……おや?

 雲行きが怪しくなってきたぞ。

 今、『お兄さん』って言った?

 それって俺のこと……?


「死力を尽くして戦った」

「「「「体育祭」」」」

「お兄さんと一緒に食べた唐揚げの味は、今でも忘れられません」


 完全に俺のことだわ。

 あの子、卒業生代表の答辞で、極めて個人的な兄との思い出を語ろうとしてるわ。

 これはマズいぞ。

 手遅れになる前に、何とか止められないかな?


「ことあるごとに入浴中に呼び出される」

「「「「スパシーバ」」」」

「悪しき魔女のことは、絶対に許せません」


 遂に学校とは関係ない、ただの愚痴を言い始めたぞ?

 てか卒業生のみんなもちゃんと合わせてるってことは、これ練習済みなの?

 みんなはそれでいいの?


「フフフ、なかなか魅せてくれるじゃない、マイシスター。見届けるわよ、あなたの覚悟を!」

「だからお前は誰目線なんだよ……」


 このままじゃ沙魔美が言った通り、本当に答辞コントになっちゃうよ?


「私が作ったお弁当を、『とても美味しいね』と、お兄さんが言ったから」

「「「「9月8日はお弁当記念日」」」」


 どこかで聞いたことあるフレーズ出てきた!

 てか、『お弁当記念日』って語呂悪っ。

 やっぱ短歌って、語呂が大事なんだね。


「最近お兄さんが私のことを」

「「「「イヤラシイ眼で見ている気がします」」」」

「でも私は、お兄さんにだったら、全てを捧げる覚悟ができています」


 真衣ちゃーん!?!?!?

 唐突に冤罪をぶっかけてくるのはやめてくれるかな!?

 みんなの視線が痛すぎて、お兄さんは全身に穴が空きそうだよ!?


「今の話、本当なの堕理雄?」


 沙魔美がゴミを見るような眼で俺を見てくる。


「本当なわけねーだろ! 妹のことをそんな眼で見るか!」

「……どうなのかしらね」


 沙魔美の疑念は晴れないようだ。

 ハア。

 こりゃ誤解を解くのに、また骨が折れそうだな……。


「そういえば先日、声優の小林〇介さんと内山〇実さんがご結婚されましたね。とてもお似合いで、素敵なカップルだと思います」

「「「「まるでお兄さんと私みたいな」」」」


 もうやめて!

 お兄さんのライフはゼロよ!

 俺達をあのお二人と一緒にするなんて、君はどれだけ勇気がカンストしてるんだ!?

 どちらもなろう小説を代表するアニメの主演を務められてる、偉大な方だよ!?


「そして私達が、本日卒業できる感謝の気持ちを、一番に伝えたい方がいます。それが」

「「「「理事長100%です」」」」


 誰!?

 理事長100%!?

 ってことは、もしかして……。


「どーもー。私がこの学校の理事長の、理事長100%です」


 壇上に全裸で大きな蝶ネクタイをした、股間をお盆で隠したオッサンが登場した。

 ニャッポリート!?

 この変態がこの学校の理事長!?

 ウ……ウソやろ、こ……こんなことが、こ……こんなことが許されていいのか(例の画像)。


「今日は卒業式ということで、お祝いに一発芸を披露したいと思います」


 そう言うと理事長100%は、目にも止まらぬ速さで、股間のお盆を回転させた。

 するとお盆の裏には、『門出』と書かれていた。


「卒業生のみなさん、本日はご卒業、誠におめでとうございまーす」


 理事長100%はドヤ顔で壇上から颯爽と去って行った。

 後には割れんばかりの拍手と、歓声が鳴り響いた。

 ……そうか。

 前々からこの学校はオカシイと思っていたけど、原因はあの人だったんだな……。

 左を向くと親父も冴子さんも、ゲラゲラと楽しそうに笑っていた。

 オイオイ、娘がこんなとんでもない学校に通ってたってのに、それでいいのかよ。

 でも、ふと壇上の真衣ちゃんを見ると、俺と目が合ったらしく、満面の笑みでピースサインを送ってきた。

 ……ま、いっか。

 あの真衣ちゃんの笑顔を見ていれば、この学校での三年間が、とても充実したものであったのは疑いようのない事実だ。

 勉強を教えるだけが学校じゃないもんな。

 確かにこの学校で過ごした日々は、一生忘れられない思い出にはなるだろう(良いか悪いかは別として)。

 俺も真衣ちゃんに、精一杯の笑顔でピースサインを返した。

 本当に卒業おめでとう、真衣ちゃん。


「でもさっきの理事長100%はなかなかよかったわね。堕理雄も今夜、私の前で、堕理雄100%をやってくれない?」


 沙魔美が俺に言ってきた。


「やるわけねーだろ。それに俺は今日、いろんな意味で疲れたよ」


 特に冤罪のくだりが。


「じゃあ私が先に沙魔美100%をやったら、堕理雄もやってくれる?」

「え」


 ……それじゃ、お盆が三枚必要じゃない?

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