「未来延さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
「何ですか、沙魔美さん」
今日も開店と同時に菓乃子と来店した沙魔美が、いつもの席に着くなり未来延ちゃんに言った。
「前から聞こうと思ってたんだけど、未来延さんの誕生日っていつなの?」
「ああ、そんなことですか」
あ、そういえば俺も、未来延ちゃんの誕生日は聞きそびれてたな。
未来延ちゃんには普段いろいろと世話になってるし、誕生日はキチンと準備して、盛大に祝ってあげたいな。
「今日ですよ」
「「えっ!?」」
……今日だった。
「ちょっと未来延さん! 水臭いじゃない! あらかじめ言っておいてくれれば、いろいろ準備したのに!」
「いや、自分から誕生日教えるのって、大分勇気いりませんか? 『何? こいつ誕生会を強要してんの?』って思われかねません」
「確かに言われたら私もそう思うけども!」
思うんかい。
「だとしてもよ! だとしても言ってくれてもいいじゃない!」
「沙魔美、これは未来延ちゃんが正しい。もっと早くに確認しておかなかった俺達のミスだ」
「監禁王子! 間違えた。堕理雄! あなたは黙ってて!」
「オイ! お前今、俺の名前を何と間違えた!?」
もしかしてお前裏では俺のこと、監禁王子って呼んでんのか!?
それだと俺が、監禁する側みたいに聞こえないか!?
別にされる側になりたいわけではないが……。
「よし決めた! 今から未来延さんの誕生会を開催するわ!」
「え!? 今から!?」
「シェフ! シェフはいらっしゃる?」
「お呼びでしょうかフロイライン」
「!」
伊田目さんがさながら忍者の様に、俺達の前に忽然と現れた。
いや、実際忍者なのだが。
「今から娘さんの誕生会をここで開きたいのですけど、よろしいかしら?」
「もちろんですともフロイライン。うちの娘なんかのために身に余る光栄です。よし普津沢、店閉めてきてくれ」
出た。
スパシーバ名物、開店、即、閉店。
いつも思うけど、これ他のお客さんはどう思ってるんだろう?
まあ、店長命令なら、従わないわけにはいかないけど。
俺は閉店準備をしながら、そっと沙魔美に近付いて言った。
「沙魔美、誕生会を開くのはいいんだが、俺達何も準備してないだろ? どうするつもりなんだ?」
「私に任せて
「ルビがおかしいぞ
何だよ、結局ノープランかよ。
「あ、そういえば」
「え?」
唐突に未来延ちゃんが言った。
「今日はピッセちゃんの誕生日でもあるんでした」
「え!? そうなの!?」
「え!? そうなんかお嬢!?」
!?
ピッセも驚いてるけど!?
そもそもピッセは地球人じゃないんだから、地球の暦でいつが誕生日かはわからないだろうし、生い立ち的にも、自分がいつ生まれたかは知らないんじゃない?
「普津沢さんが仰りたいことはわかりますよ。だからピッセちゃんの誕生日は、飼い主である私と同じ日ということに、私が決めました」
「お、お嬢!」
キラキラした眼で感動してるピッセだが、自分のことをサラッと『飼い主』と言ってる辺りに、未来延ちゃんの性格がよく出ていると、俺なんかは思ってしまう。
まあ、ピッセの戸籍は伊田目さんが融通してるんだろうから、戸籍上の誕生日を未来延ちゃんと同じにすることくらい、訳ないか。
「ちなみに、シュナイダーの誕生日も今日ということにします」
「えっ!?」
「シュナイダーも見た目的にちょうど一歳くらいですし、今日、2月22日は『ニャンニャンニャン』で『猫の日』らしいですからね。おあつらえ向きでしょ?」
「……なるほど」
それは確かにうってつけだ。
てことは結果的に、未来延ちゃんのペット(?)二匹が、両方共飼い主と同じ誕生日になったわけか。
嗚呼、美しき家族愛。
「2月22日は『ニンニンニン』で『忍者の日』でもあるらしいですけどね」
「そうなんだ」
流石服部半蔵の子孫。
そんな日に生まれるとは、持ってるねえ。
「そういうことなら、シュナイダーと、しょうがないからついでにカマセの誕生会も兼ねましょう!」
「ピッセや! それについでって何やねん! ……まあ、礼は言うで魔女。実はウチ、自分の誕生日なんて知らんかったから、生まれて初めての誕生会なんや」
「……」
あぐふぅ!(落涙)
よがっだなあ、ピッセ~。
今日は俺も、精一杯お前の誕生を祝ってやるからなッ!
A〇Gばりに、『あなたが生まれなければ、この世に生まれなかったものがある』って言ってやるからな!
「……じゃあ、今日は私が、ピッセにお祝いの料理を作ってあげるよ」
おずおずと菓乃子が名乗りを上げた。
何!!?
一瞬で場の空気が凍り付いた。
……マジか菓乃子。
気持ちは嬉しいが、それだとせっかくの誕生会が、みんなの命日になってしまうぞ……。
「ホンマか菓乃子! こないだ作ってくれたパスタも絶品やったから、期待してるで!」
っ!?
何だって!?
「ちょっとピッセ! そのことは誰にも言わないでって言ったじゃない!」
「あ、スマン。ついうっかり」
……。
俺は今、二つのことにビックリしていた。
一つはピッセと菓乃子が、手料理を振る舞う程の仲になっていたこと。
まあ、一緒にパンケーキを食べに行ってるくらいだし、それだけならこれ程驚きはしなかっただろうが、もう一つの、ピッセが菓乃子のパスタを絶品と評したことだけは看過できない。
菓乃子の料理が絶品だとしたら、この世に存在する料理は例外なく絶品だということになってしまう(失礼)。
もしかしてここ最近で、菓乃子の料理の腕が、劇的に向上したとでもいうのか?
……いや、それはない。
あの
となると、たまたまピッセの舌には合ったということか?
……違うな。
ピッセの生い立ちを鑑みれば、もう答えは出てるじゃないか。
そもそもピッセは、食べ物の味なんかを選り好みできる幼少時代じゃなかった。
文字通り生きていくことに必死で、口に入れられるものなら、どんなものでも食べて、飢えを凌いでいたはずだ。
そんなピッセなら、菓乃子の
……改めて顧みると、ピッセの人生はやっぱ壮絶だな。
ホント俺達は平和な国に生まれたことを、感謝しなきゃいけないよ。
そういう意味では劇物しか作れない菓乃子と、劇物をものともしないピッセは、存外お似合いのカップル……もとい、友達同士なのかもしれない。
「菓乃子氏! カマセにだけ手料理を振る舞うなんて、私のことは遊びだったの!?」
「え!? えーと、そんなこと、ないよ……?」
「沙魔美、醜い嫉妬はよせ。見苦しいぞ」
「監キングは黙ってて!」
「監キング!?」
監禁と、キングをかけてるのか!?
だからそれだと、俺が監禁の王みたいになっちゃわない!?
「そうやで魔女。菓乃子はジブンよりもウチを選んだんや。悪いことは言わんから、菓乃子のことは諦めるんやな」
「ピッセ! 語弊のある言い方をしないで!」
「上等じゃないこの泥棒魚が! 今日こそかまぼこにして、ワサビ醬油で喰ってやるわ!」
「やれるもんならやってみい! 表出ろや!」
「二人共! 私のために喧嘩はやめて!!」
「「!!」」
……言った。
女の子が一度は言ってみたい台詞、堂々の一位。
相手が二人共同性なのが、何とも言えない哀愁を漂わせているが……。
「……今日はせっかくの誕生会なんだよ? 私なんかのことで、空気を悪くしないで……」
「……菓乃子氏」
「……菓乃子」
「二人共、私の大事な友達だよ。どっちが上とか下とかないよ。この広い宇宙で、私達が出会えたこと自体が、奇跡みたいなものなんだから、みんなで仲良くしようよ」
「……ごめんなさい、菓乃子氏。私が悪かったわ」
「……ウチもちいとばかし、調子乗っとったわ、スマン。……今日のとこは、一時休戦やな、魔女」
「フン、しょうがないわね」
「はいはーい、痴話喧嘩は終わりましたかー? バースデーケーキができましたよー」
「「「えっ!?」」」
未来延ちゃんが大きなバースデーケーキを、厨房から運んできた。
いつの間に!?
てかバースデーケーキって、そんなに早く作れるものなの!?
「実はピッセちゃんの誕生日を祝うために、前もって準備してたんです。ピッセちゃんにバレないように作るのは、骨が折れましたが」
「お、お嬢ー!!!」
元伝説の宇宙海賊ギャラクシーエキセントリックエッセンシャルパイレーツのキャプテン、号泣である。
流石未来延ちゃん。
相変わらず粋なことをする。
「でも、今日は未来延ちゃんの誕生日でもあるんだから、できればケーキは俺達が用意したかったよ」
「お気になさらず。私はイタリアンレストランの娘ですから」
久々に出たな、キメ台詞。
「じゃあ未来延さん、こういうのはどうかしら?」
「え?」
沙魔美が指をフイッと振ると、バースデーケーキに、蠟燭の代わりにズワイガニの脚が、無数に突き刺さった。
「沙魔美!? お前せっかくのケーキに何しやがんだ!? これじゃ台無しじゃねーか!」
「ヒャッホー!! ありがとうございます沙魔美さん! 私ズワイガニが一番好物なんです! 最高の誕生日プレゼントです!」
「おや?」
思いの外、主賓が喜んでいらっしゃる。
本当、未来延ちゃんはカニが好きなんだな。
「お気に召したようで何よりだわ」
「今日は最高の誕生日です! シュナイダーにも、特製の猫まんまを用意してありますので、あげてきますね」
「ちょっと待って未来延さん。せっかくだから、シュナイダーもここに呼んであげましょうよ」
「え、でも」
「沙魔美、流石に飲食店のホールに、猫を入れるのはマズいよ」
「私に任せて! ハッピー・パウダー!」
「は?」
沙魔美が黄色いカワウソばりにホールに怪しい粉を散りばめると、辺り一面が輝き出した。
何だこれ!?
「これでしばらくこのホールは、完全抗菌の手術室状態よ。ネコもタチも何のそのよ!」
「そのネコは違うネコだろ」
「ありがとうございます沙魔美さん! じゃあ、シュナイダーも連れてきますねー」
未来延ちゃんが、ルンルンでホールから出ていった。
未来延ちゃんはいつも楽しそうだけど、今日は特にそれが顕著だ。
まったく、沙魔美もごく稀には良いことをするんだよな。
「じゃあ私は料理を作るね。伊田目さん、厨房をお借りしてもいいですか?」
「オウ、いいぜ菓乃子ちゃん。食材も好きに使ってくれ」
「ありがとうございます」
……。
大丈夫かな?
まあ、いざとなったら、ピッセに全部食べてもらおう。
「ではこの空き時間を利用して、マイシスター醜態ガチャをドーン!」
「!? よさないか! 沙魔美!」
沙魔美が指をフイッと振ると、トイレ等で使うラバーカップを、全裸で胸に押し当てている真衣ちゃんが現れた。
うわあ。
久々のSSR引いちゃったよこれ。
「ギョッパー!!! ちちちちち違うんですお兄さん!! 別にこれは、湯船に浸かりながら胸を大きくしようとしていたわけではなくってですね!!」
「うんうん、もちろん俺は、湯船に浸かりながら胸を大きくしようとしていたとは微塵も思っていないよ。沙魔美、一刻も早く、真衣ちゃんに服を用意するんだ」
「悪しき魔女ー!!! 最近呼ばないと思って油断してたらこれですか!! 絶対許さないですからね!!」
「まあまあマイシスター。でも努力の甲斐あって、少し胸が大きくなったんじゃない?」
「え!? ホ、ホントですか!?」
「もちろん嘘よ」
「クソがああああああ!!!!」
様式美。
流石沙魔美。
さっきまでの良い人キャラを、一瞬でチャラにするクズっぷりだ。
いつも思うけど、なんで俺は、こんなやつと付き合ってるんだろう?
「実は今日は、未来延さんとカマセとシュナイダーの誕生日なのよ、マイシスター」
そう言いながら沙魔美が指をフイッと振ると、真衣ちゃんは顔の部分だけが表に出た、全身猫の着ぐるみ姿になった。
か、可愛い!
「そうなんですか……って、何ですかこれは悪しき魔女!? 恥ずかしいです私! 普通の服にしてください!」
「いや、とっても可愛いから、お兄さんはそのままでいてもらいたいな、真衣ちゃん」
「え!? い、今、超絶ドチャクソ可愛いって言いました!? 悪しき魔女! 私これ、買い取ります!」
何かちょっとバフが掛かってたみたいだけど、それぐらいはよしとしよう。
猫と妹好きの俺には、この組み合わせは堪らないぜ。
心がにゃんにゃんするぜ。
まさしく今日は、猫の日だな。
「満足いただけたようでよかったわ。あら? 本物の猫もやって来たみたいよ」
「ニャーン」
「シュナイダー!!」
未来延ちゃんに抱かれながら、俺の天使がホールに降臨した。
嗚呼、まさかホールの中で、シュナイダーとにゃんにゃんできる日が来るなんて(感涙)。
神に感謝(3位のボーボボ)。
「みんなー、料理も出来たよー」
!?
菓乃子がサッカーボールの見た目をしたおにぎりを、巨大な皿いっぱいに持って来た。
何故サッカーボール!?
「なるほど! これはアレね、菓乃子氏!」
「うん! 沙魔美氏!」
「え? え?」
どういうこと?
「「ワールドカップ、日本代表、初戦勝利おめでとうございます!」」
……。
唐突な何の脈絡もない時事ネタ!?(このお話を書いた当時は、2018年ワールドカップの真っ最中でした)